研究課題/領域番号 |
16H03726
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
唐沢 かおり 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (50249348)
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研究分担者 |
竹村 和久 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (10212028)
太田 紘史 新潟大学, 人文社会科学系, 准教授 (80726802)
戸田山 和久 名古屋大学, 情報学研究科, 教授 (90217513)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 自由意志 / 道徳的判断 / 科学コミュニケーション / 原因帰属 |
研究実績の概要 |
当年度は、次の3つのプロジェクトを軸に、研究を進めた。1)自由意志信念と道徳的判断に関わる実証的研究。2)AIやロボットの心、自由意志に関する、実証的、哲学的検討、3)自由意志概念と道徳、責任概念との関わりに関する規範的議論。 1)については、従来の実証的知見の再現性の確認や、新たな関連変数の同定を進めた。特に、自由意志を保持しているという信念が、自己制御行動を生み出すのか、または「自由な行動」を志向し、非自己制御行動につながるのかという問題について、検討を加えた。その結果、他者の自由意志に基づくとされる行為の原因帰属が一定の役割を持つことが示唆さえされた。ただし、複数の実験結果には一貫性がなく、実験パラダイムの検討や他の調整変数を同定する必要が明らかとなった。2)については、AI・ロボットの心の知覚とそれに対応した道徳的立場の付与との関係や、AIに責任を負わせることと科学技術開発との関係について議論を行った。ここで明らかになったのは、素朴な責任認知や道徳的立場の付与が、自律的意思決定の認知に依存することであり、その意味のおいて、素朴認知のレベルでは、自由意志信念よりも、意思決定のメカニズムに関する「アルゴリズム」認知が影響をもつ可能性が示唆された。一方で、責任を「とれない」存在としてのAIやロボットが浮かび上がり、社会制度として、誰が問題を解決する責任を負うのかが、重要な課題になることも示唆された。3)については、2)で得た結果も踏まえつつ、行為の自律性と責任とが連結していた従来の責任論について、科学哲学の立場から、その再構築が必要であるという論点が提出された。また、自由意志が責任・道徳論の基盤になっていることの是非、また、自由意志が仮に否定された場合に、いかに責任や道徳という概念を維持するのが論点になることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画していた実験は、概ね順調に進み、今後の検討課題が明らかとなるような成果を得ることができた。加えて、自由意志信念が関わる課題について、応用的な側面からの検討も進める研究も進み、対人判断や社会的行動に関する幅広い示唆のみならず、AIやロボットなどのエージェントに関する議論も進めることができた。 その成果は、書籍、複数の査読付きの学術誌や、論壇に影響力を持ち、かつ一般読者も含む雑誌への論文掲載という形で公開されている。また、学会発表等についても、実証的に得たデータについては、なるべく速やかに、心理学や哲学に関わる学術コミュニティに対して、その成果を示す活動を積極的に進めてきた。加えて、規範的な議論も含み、学会のワークショップなどでも議論の場を設け、多様な視点からのフィードバックを得て、次年度の研究計画に生かすことができた。 海外の研究者とのリエゾンという観点からは、当該研究の成果に関する情報交換を基盤に、自由意志のみならず、責任や道徳、知識などを含む、広範囲な文化比較に基づいた、概念分析に関する実験哲学プロジェクトにもつながっている。加えて、AIやロボットに関する研究では工学関連の研究者や、開発に関わる企業との議論も始まっている。当該研究の成果が、社会心理学にとどまらず、実験哲学という分野の日本における開拓や、課題解決のための文理融合につながる可能性を示すものである。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度に得た成果に基づき、次年度は次のようなサブプロジェクトを中心に具体的な研究を進める計画である。1)自由意志、決定論に関する科学コミュニケーションに関する研究:これまでは、自由意志信念の影響についての検討を中心としてきたが、研究期間の後半は、当初の計画の目的である科学コミュニケーションを主軸に、実証研究を進める。具体的には、科学的知見を通俗的に使用した、様々な決定論的なコミュニケーション(例:脳決定論、遺伝子決定論)の影響を検討した上で、しかるべき科学コミュニケーションのあり方に関する議論につなげるための基礎的データを得たい。そのためには、通俗的な決定論信念を明らかにする記述的研究と、通俗的なコミュニケーションを受けた際の自由意志信念、また道徳的判断の変容に関する検討を進める必要がある。2)AI、ロボットに対する判断研究:これまでの議論より、AI、ロボットを対象とした場合、自由意志と道徳的立場の付与の関係に関して、極めて興味深い実証的知見と規範的示唆が得られる可能性が見えている。またこれらは、Society5.0など、現代の日本社会の方向を示す議論を前提にすると、今後の科学コミュニケーションに対しても、実践的な含意を持つ。従って、これらを対象にして、自由意志や心の機能の認知、道徳的判断、立場の付与などの関係を実証的に明らかにする知見を蓄積するとともに、これらに関する道徳構築がどうある「べき」かについての議論を、哲学を中心に推進する。
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