研究課題/領域番号 |
16H03935
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
吉川 謙一 京都大学, 理学研究科, 教授 (20242810)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 解析的捩率 / 対数的エンリケス曲面 / ボルチャーズ積 / クンマー曲面 / エンリケス曲面 / j-不変量 |
研究実績の概要 |
次の二つの研究を行い、論文をarXivで公開した。
・至る所非零の重さ2の多重標準形式を持つ有理曲面は対数的Enriques曲面と呼ばれ、Enriques曲面の退化として興味を持たれている。対数的Enriques曲面は高々1/4(1,1)型商特異点のみを持つ時「良い」と呼ばれる。良い対数的Enriquesのモジュライ空間は、特異点の個数kを固定すると符号(2,10-k)のユニモジュラー格子に付随する直交型モジュラー多様体の判別式因子の補集合である。対数的Enriques曲面に対して解析的捩率不変量を定義し、それがモジュライ空間上で判別式因子を特徴付けるBorcherds積のPeterssonノルムとして与えられる事を示した。このBorcherds積は一般Kac-Moody代数の分母関数である事もGritsenko-Nikulinにより知られており、Enriques曲面とBorcherds Φ-関数と解析的捩率に対して成立していた結果が対数的Enriques曲面に拡張された。この解析的捩率不変量がBCOV不変量である事も示した。その結果、Calabi-Yau多様体のBCOV不変量が双有理不変量であるのに対し、対数的Enriques曲面のBCOV不変量は双有理不変量ではない事も判明した。以上はXianzhe Dai教授(カリフルニア大学サンタバーバラ校)との共同研究である。
・直積型Kummer曲面に入る15種類のEnriques構造を用い、楕円曲線のj-不変量の差として定まる上半平面の直積上の保型形式j(σ)-j(τ)をBorcherds Φ-関数(の15種類の2次元軌跡への制限)により表示した。これにより、無関係と思われていた二つの保型形式がEnriques曲面を通じて密接に関係している事が判明した。以上は川口周教授(同志社大学)と向井茂教授(京大数理研)との共同研究である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
特異カラビ・ヤウ多様体のクラスである対数的エンリケス曲面に対して解析的捩率不変量を構成し、モジュライ空間上の関数としての明示公式を与える事ができた。この研究により、ブローダウンの状況で解析的捩率不変量の振る舞いが初めて詳細に研究され、この問題を扱う技術が開発された。この技術は3次元カラビ・ヤウ多様体のコニフォールド遷移におけるBCOV不変量の振る舞いを解明する問題と、代数多様体の退化族においてラプラシアンの小さな固有値(退化により零に収束する固有値)の詳細な挙動を決定する問題に応用があると見込まれる。また、j-不変量とボルチャーズΦ関数の関係についても研究を完成させ、論文を公表する事ができた。
エンリケス多様体の解析的捩率不変量については、プレプリントはある程度完成しているが、算術的リーマン・ロッホ定理を用いて解析的捩率不変量をホッジ束の有理切断と同一視する手法を適用するためまだ公開できていない。これについては今年度中に論文をarXivで公開したいと考えている。
一方、3次元カラビ・ヤウ多様体と軌道体に対してBCOV不変量を決定する問題については、上記の研究に時間を取られたためあまり進展がなかった。BCOV不変量には近年目覚ましい進展があったので、この課題についても引き続き研究を継続したい。
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今後の研究の推進方策 |
まず第一に優先すべき課題として、高次元エンリケス多様体の解析的捩率不変量の研究を論文にまとめ、結果をarXivで公開する。この研究で必要になる同変Quillen計量や解析的捩率の退化公式についても、以前書いたプレプリントに最近の進展を取り込んでアップデートし、専門誌に投稿する。さらに余裕があれば、これまであまり手がついていなかったBOCV不変量をモジュライ空間上の関数として表示する問題についても研究を進める。
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