研究課題/領域番号 |
16H04023
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研究機関 | 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 |
研究代表者 |
中堂 博之 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター, 研究副主幹 (30455282)
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研究分担者 |
家田 淳一 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター, 研究副主幹 (20463797)
小野 正雄 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター, 研究副主幹 (50370375)
前川 禎通 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター, センター長 (60005973)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | スピントロニクス |
研究実績の概要 |
2017年度には二つの方向性で研究を推進した。第一にはスピン流-流体運動変換のより詳細な理解のためのスピン流体発電研究の深化、第二には微細素子を用いたスピン流による物体運動の直接観測である。 スピン流による流体運動生成の背景にはスピン流体発電(SHD)がある。SHDの詳細な理解はスピン流による流体運動生成の実現・理解への最大の手がかりとなる。そこで2017年度には、現象論にとどまっていたSHD理論を非平衡Green関数による微視的計算で再導出した。これによりスピン流-流体運動変換を解析する理論的基盤が完成した。さらに実験面においても、乱流を使っていた従来報告を発展させ、層流でのSHDを実現した。スピン流によって生成される流体運動は、その流速から層流と考えられる。層流域でのSHDはまさに研究目的とする現象の逆効果であるため、スピン流による流体運動生成を実現する上での重要なマイルストーンである。 もう一方の、微細素子を用いたスピン流による物体運動はスピン流による固体運動生成の観測を目指した研究である。流体運動生成で想定している「電流を伴わないスピン流による運動生成」は固体においてもいまだ実現していない。一方、固体の運動はマイクロカンチレバーなどの微細構造を使うことで高精度に観測できる。そこで、流体運動の観測の予備段階として強磁性絶縁体Y3Fe5O12(YIG)を使ったスピン流による運動生成の観測を行った。まず、実験に用いるYIGカンチレバーの作製手法の確立と試料評価を行い、その後、スピン流による運動生成の観測を行った。YIGカンチレバーに熱的に励起したスピン流を注入し、磁場-熱流ヘテロダイン検出を行った結果、スピン流の対称性を反映したカンチレバー振動の観測に成功した。この結果はスピン流注入による流体運動生成に直結する成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スピン流による流体運動生成実験を、白金管、微細石英管、マイクロ流路で行った。流体運動の測定は、白金管・微細石英管系では接続した液体溜の液面高さ、マイクロ流路では流路内の液体流速を通じて行った。 液面高さを測る実験については昨年度までに、熱電効果など温度変化の非対称性の除去と、液面測定用のレーザー干渉計の入射角制御が重要であることが分かっている。そこで熱アンカーによる温度変化の均一化とレーザー干渉計の設置法の改良を重点的に行い、レーザー干渉計の測定限界に近い実験系を構築した。 以上の実験系で白金管と微細石英管による実験を行った。スピン流の注入には、前者は白金、後者は流体(液体金属)のスピンHall効果を使っている。その結果、直径600μmの白金管に電流を2A流すことで電流方向に依存した40nmの液面変動を観測した。他方、直径126μmの石英管では200mA(電流密度は白金管の4Aに相当)流しても電流方向依存の液面変動は観測されなかった。電流密度が大きい石英管系で流体運動が生じないという結果は発熱の影響を強く否定する。この実験結果は、固定された白金管から自由に動ける流体にスピン流を注入すると流体の反作用が白金管に加わるため流れが生じるが、流体だけでスピン流を作ると角運動量保存則から流れが生じないと解釈できる。 YIGとガラスで作製したマイクロ流路中の液体金属にスピンポンピング法でスピン流を注入する実験も行った。マイクロ流路の途中まで液体金属を注入し、その先端の運動を撮影して流速を分析した。流体が静止すると流路のピニングによって流体をスピン流で動かすことができなくなるので、外部からの加圧で流体をわずかに動かしながら流速に対するスピン流の影響を調べた。その結果、スピン流の注入方向によって流体速度が±3μm/s程度変化するという予備的な結果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
液面変動をレーザー干渉計で測定する実験については、現在までの測定系の改良によって、干渉計の測定限界に近いノイズレベルでの測定が可能になっている。そこで、2017年度の結果を生かし、白金管を使った実験を集中的に行う。管径600μmの管を1本使っている現在の実験では信号が微小で判別が困難であるため、管径を市販で入手できる最小管径である500μmに変更するとともに管を並列にすることで信号の増大を図る。事前の計算に比べて液面変動が小さいのは白金管と液体金属の間のスピン流注入効率が著しく低いためであると考えられる。スピン流注入効率は2つの物体が密接に接触しているほど大きくなるので、白金管内壁を金メッキすることでアマルガム化を通じて濡れ性を改善することも検討する。これらによって再現性の高い液面変動が得られたら、微細石英管で得られた知見を活かしてスピンHall効果の小さいチタン管での測定も行い、スピン流による流体運動生成の確立を目指す。 マイクロ流路を用いた実験もさらに発展させる。予備実験の結果、加圧による流体運動はスピン流がゼロの状況でも再現性が乏しいことが分かっている。実験回ごとの流速が異なってしまうため、流速へのスピン流による影響が系統的に評価できていない。流速が不安定になる理由は流体運動に外部からの加圧、マイクロ流路から流体が押し出されるLaplace圧、流路でのピニングという3つの要素が寄与しているためである。この問題はLaplace圧による流体運動を使うことで解決できる。流路のピニングが弱いときには、外部加圧をゼロにすると流体はLaplace圧によって流路外に押し出されていく。この際の運動はLaplace圧のみに支配されているので流速などの再現性が高いことが知られている。2018年度にはこの方法を取り入れて実験の再現性を高め、複数のマイクロ流路試料間で系統的な実験を行う。
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