研究課題/領域番号 |
16H04026
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
宇田川 将文 学習院大学, 理学部, 准教授 (80431790)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 分数励起 / スピン液体 / 摂動展開 |
研究実績の概要 |
本年度はスピン液体における分数励起のひとつの重要な側面として、分数励起の再結合という概念を見出し、そのダイナミクス、相形成への影響を明らかにした。励起の分数化とはスピンや電荷などの、系を構成する自由度の量子数が、より小さい基本単位に分裂して振る舞う現象を指す。今回見出したこの現象の特筆すべき点は、分化した励起が元のパートナーとは別の相手と再結合を行なう点にある。これにより、元々のスピンやフェルミオンの自由度からは想像しがたい、あるいは解釈する事が難しい新しい相や集団励起を形成する可能性が生じる。 我々は分数励起間相互作用をミニマルに取り入れた、パイロクロア格子およびカゴメ格子上のJ1J2J3スピンアイス模型において分数励起の再結合効果を調べた。その結果、パイロクロア格子模型においては、同符号の分数電荷が引き合うことによって生じる新しい安定な集団励起の存在を見出す事が出来た。この集団励起は電荷保存則に起因するトポロジカルな安定性を有し、非常に長い寿命を持つ。その結果、磁場クエンチ後のダイナミクスにおいて、系の緩和のボトルネックとして機能し、系の動的性質に大きな影響を与えることを示した。また、カゴメ格子模型においてはやはり同符号の分数電荷間に働く相互作用により、hexamer spin liquidと我々が名付けた新しい古典スピン液体状態が安定化することが分かった。この状態は従来知られていない新規な残留エントロピーの値を示し、その空間構造は磁気構造因子に現れる半月構造を通じて観測可能である。量子揺らぎを考慮することにより、これまで知られていない新しい量子スピン液体を産み出す母体となる可能性がある。 これらの成果に加え、第二種Weyl半金属におけるカイラル量子異常の性質、カイラル超伝導体において渦糸に束縛されたマヨラナ粒子の多体的性質についても明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はまず、当初の予定通り、Kitaev模型やスピンアイス模型などの可解模型から出発して、量子ダイナミクスをもつ擬可解模型の励起スペクトルを求める摂動理論の構築を行なった。この摂動理論の枠組みでは、Kitaev-Heisenberg模型や量子スピンアイス模型など、可解模型に弱い量子摂動を加えた擬可解模型を扱うことが可能である。特に実験と対応が可能な動的磁気構造因子や熱伝導度等の輸送係数を計算できることが強みである。構築した摂動理論を用いて、具体的なモデルについて計算を遂行することが今後の目的となる。 また、上記の摂動理論の構築に加え、当初の計画では予定していなかった進展として、スピン液体における分数励起の再結合という概念を見出す事ができ、そのダイナミクスや相形成への影響を明らかにすることができた。とりわけ、パイロクロア格子上のJ1J2J3スピンアイス模型においては、同符号の分数電荷が引き合うことによって生じる集団励起の存在を見出す事ができ、古典模型の範囲でそのダイナミクスへの影響を明らかにする事が出来た。この集団励起は電荷保存則に起因するトポロジカルな安定性を有する。その結果、磁場クエンチ後のダイナミクスにおいて、系の動的性質に大きな影響を与えることになる。また、カゴメ格子上のJ1J2J3スピンアイス模型においてはやはり同符号の分数電荷間に働く相互作用により、hexamer spin liquidと我々が名付けた新しい古典スピン液体状態が安定化することが分かった。この古典スピン液体状態の残留エントロピーは従来知られていない新奇な値を示し、この状態が質的に新しい状態であることを強く示唆する。また、磁気構造因子には特徴的な半月構造が生じる。 昨年度に得たこれらの結果の不満な点は解析が古典模型のレベルに留まっている点である。今年度は量子効果を含めた解析を進めて行きたい。
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今後の研究の推進方策 |
今後は今年度得られた知見を踏まえ、古典スピン液体状態などの扱いやすい極限から出発して量子項を摂動として考慮することにより、量子スピン液体のダイナミクスを調べる研究に従事する。特に、基本的な量子数が分数化を起こす分数励起が低エネルギーで支配的な系においては、スピン反転など、実験プローブが引き起こす擾乱が必然的に複数の素励起の出現を引き起こす。そのために、実験プロープにより注入されるエネルギーの素励起群へのエネルギー分配は多くのやり方が可能となり、連続的なエネルギースペクトルが生じる事になる。実際、本研究で扱う3種の理論模型に対応した候補物質群の多くに対し、非弾性中性子散乱の実験が行なわれ、カゴメ磁性体herbersmithiteなどでは分数励起を有する典型例である1次元反強磁性体を彷彿とさせる実験スペクトルが得られている。本年度は分数励起の分散関係と、動的磁気構造因子などに現れる連続スペクトルの構造の間の関係性を明らかにし、実験結果から分数励起の性質を読み取る方法論を構築する。 また、分数励起に置ける興味深い可能性として、素励起がfermionでもbosonでもない新奇な統計性を有することが可能である。特にKitaev模型においてはその分数励起は分数量子ホール相の素励起と類似した、abelian/non-abelian anyonとしての統計性を示すことが厳密解に基づいた議論により示唆されている。新奇な統計性を持つ素励起の性質はそれ自身興味深いとともに、その実験的観測は系がスピン液体相にあることを示す決定的な証拠となる。本年度は動的磁気構造因子の運動量依存性に注目することにより、実験結果から素励起の統計性を読み取る一般論を構築する。動的構造因子には素励起の散乱過程の情報が含まれる。言わば素励起同士の「加速器実験」を通じて、分数励起の詳細な情報を読み取る手続きを構築する。
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