研究課題/領域番号 |
16H04098
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
井口 佳哉 広島大学, 理学研究科, 准教授 (30311187)
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研究分担者 |
中島 覚 広島大学, 自然科学研究支援開発センター, 教授 (00192667)
久米 晶子 広島大学, 理学研究科, 准教授 (30431894)
和田 真一 広島大学, 理学研究科, 助教 (60304391)
灰野 岳晴 広島大学, 理学研究科, 教授 (80253053)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 錯イオン / 放射性廃棄物 / ランタノイド / アクチノイド / 表面増強赤外分光 / 光解離分光 |
研究実績の概要 |
原発からの高レベル放射性廃棄物を効率的に処理するためには,有機配位子を用いた溶媒抽出法により,長寿命かつ放射性毒性の高いマイナーアクチノイドを選択的に分離する必要がある。本研究の目的は,マイナーアクチノイドあるいはランタノイドと有機配位子の間で形成される錯体(錯イオン)について,その電子状態,幾何構造,イオン選択性を分光学的(極低温気相分光,表面増強赤外分光)あるいは電気化学的(サイクリックボルタンメトリ等)に明らかにすることである。この研究により,マイナーアクチノイドの分離能向上に関して分子論的指針を提示することをめざす。 H29年度は,極低温気相分光によりランタノイドを含むイオン(EuOH+,EuCl+,TbO+)の高分解能電子スペクトルの観測に成功した。このスペクトルを,密度汎関数法を用いて解析し,その電子遷移の帰属を行った。この結果を原著論文として報告した。また,ランタノイド錯イオンの赤外分光による検出をめざして,ランタノイドイオンに高い配位能を示す配位子(Diglycolamide, DGA)とそのチオール誘導体(DGA-SH)の合成を行った。このDGA-SHを,Siプリズム表面に真空蒸着させた金薄膜に化学吸着させ,さらにランタノイドを含む水溶液を添加した。その結果生成する錯イオンを,表面増強赤外分光により検出することを試みたところ,1000-2000 cm-1の領域で錯イオンによる明瞭な赤外吸収を観測することに成功した。また,表面増強赤外分光のさらなる高感度化をめざして,化学メッキ法による金薄膜の形成を行った。これについては,より高い赤外吸収増強効果をもたらす金薄膜の形成条件を探索している段階である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
極低温気相分光では,ランタノイドを含む溶液からエレクトロスプレーイオン化法により生成するイオンについて,その極低温気相分光の報告を行った(Inokuchi et al., Inorg. Chem., 2017, 56, 277-281)。また,ランタノイドイオンに高い配位能を示す配位子(Diglycolamide, DGA)とそのチオール誘導体(DGA-SH)の合成を行い,これらを用いてランタノイド錯イオンの分光学的研究を行った。DGA-SHを,ATR法のためのSiプリズム表面に真空蒸着させた金薄膜に化学吸着させ,さらにランタノイドを含む水溶液を添加した。その結果生成する錯イオンを,表面増強赤外分光により検出することを試みた。ランタノイドとして,Eu3+,Gd3+,Tb3+を用いたところ,いずれのイオンについても,1000-2000 cm-1の領域で錯イオンの形成に伴う赤外スペクトルの大きな変化が見られた。また,錯イオンに由来する赤外吸収の強度をイオン濃度に対してプロットしたところ,3種のイオンに対するDGAの錯イオン形成能の違いが見られた。このことは,配位子のイオン選択性に関する議論が,この赤外分光によって可能であることを示している。また,表面増強赤外分光のさらなる高感度化をめざし,これまでの真空蒸着法にかわる,化学メッキ法での金薄膜の形成を試みた。赤外分光の高感度化は,溶液中に微量に含まれるイオンを赤外によって検出する限界を低下させるために必要である。この方法については,現在より高感度な赤外信号を与える薄膜形成条件を探索しているところである。
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今後の研究の推進方策 |
H30年度は,H29年度に得られたDGA-SHによるランタノイド錯イオンの赤外スペクトルを,量子化学計算を用いて解析する方法を開発する。この錯イオンの安定性には,f電子を用いた配位子との共有結合が深く関与していると予想されている。この問題に対して,H29年度に得られた錯イオンの赤外スペクトルを量子化学計算によって詳細に解析することにより,その結合様式や電子状態などの情報を得たい。計算は,開殻系に強いといわれているORCAを用いて行う。 また上記のDGAの研究に加え,新たな配位子としてリンを含む分子(Cyanex-272)のチオール誘導体(Cyanex-272-SH)の合成を行う。ランタノイド,マイナーアクチノイドとの親和性の観点から見ると,DGAはランタノイドとの錯イオン形成能が高いのに対し,Cyanex-272はマイナーアクチノイドとの錯イオン形成により適しているといわれている。H30年度は,Cyanex-272-SHを用い,H29年度にDGA-SHを用いて行った実験と同様の赤外実験を行う。これにより,Cyanex-272についてもその錯イオン形成を赤外分光によって検出可能かどうかを検証する。これにより,DGAとCyanex-272を用いた錯イオン形成の赤外分光による検出の可否を,ランタノイドイオンを用いたコールド実験によって実証する。最終的にはこの実験手法を,H31年度以降に計画しているアクチノイドを用いたホットな実験へと導入し,ランタノイド/マイナーアクチノイド分離に関する分子科学的情報を実験的に得る試みへと研究を進める予定である。 なお,H30年度は放射性物質として特に取扱いに注意を要するアクチノイドを使用した実験は行わない予定である。H31年度以降,アクチノイドを使用する実験を行う際は,アクチノイド取扱いに関する法令に準じて,適切に取り扱う予定である。
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