研究課題
今年度は、数サイクル極短パルス光を用いた二次元コヒーレント電子吸収分光(2DES)装置を開発し、それを電子励起状態分子などの過渡種に適用するための準備を進めた。具体的には、再生増幅光源(1030 nm, 150 fs, 1 mJ, 6 kHz)を用い、フェムト秒2DES分光に必要な励起光(Ex光)、一対のリポンプ光(Rp1光 & Rp2光)およびプローブ光(Pr光)を発生させた。まず、増幅光源の出力で2台の非同軸光パラメトリック増幅器(NOPA)を励起し、波長域600~800 nmの広帯域光を発生させた。これを可変形鏡を用いた群遅延分散補償光学系により6 fsの極短パルスにまで圧縮した。一方のNOPA出力をEx光として用い、他方のNOPA出力を一対のRp光およびPr光として使用した。2DES分光にとって最も重要である位相制御された一対のRp光を発生させるため、軸方位の異なる複屈折性結晶(αBBO結晶)からなるウェッジ板を4枚組み合わせ、ウェッジ板の挿入量を電動ステージで変えることのできる光学系を構築した。これにより、1つのパルス光を元にして同軸上に進む一対のパルス対を発生させ、かつ、それらパルス間の時間差を干渉計レベルの安定性で高精度に制御することができた。光位相の変動幅は10時間で8 mrad程度以下に抑えられていることを確認した。上記のパルス光を試料セルに集光し、試料を透過したPr光を分光器で波長分散した後、フォトダイオードアレイセンサーで検出した。計測用のプログラムもすでに作成し、時間分解吸収信号の取得などにより正常に動作していることを確認した。
2: おおむね順調に進展している
研究計画に従い、高繰り返し光源をベースにした数サイクル極短パルス光の発生およびそれを用いた二次元コヒーレント電子吸収分光装置の開発を順調に達成することができた。これまで広く用いられてきた光源とは波長の異なる高繰り返し光源を用いたが、これまでの知見をもとに、非同軸光パラメトリック増幅器による広帯域光の発生および数サイクル領域までのパルス幅の圧縮に成功した。これにより、従来の光源で極限的に高い時間分解能での測定が困難であった波長領域での測定が可能になった点は、今後の研究対象を大きく拡げることにつながると思われる。二次元コヒーレント電子吸収分光装置の開発では注意深く光学系の設計を行った結果、特に測定精度を左右するリポンプ光の間の位相の変動幅を長時間にわたって十分に小さなレベルに抑えることができた。これにより、電子コヒーレンスの関わる分光信号を高い信号対雑音比で検出できることが期待される。計画していた高繰り返し光源に同期できるラインセンサーによる検出の実現は間に合わなかったが、現有の検出法でも十分に高いレートでのデータ取得が可能であること、また、現実的な時間内でデータの積算が可能であることを確認できた。
次年度以降、二次元コヒーレント電子吸収分光による研究を推し進める。開発した装置の基本性能、特にリポンプ光の間の遅延の時刻ゼロを正確に決定し、その遅延掃引の校正を詳細に行う。これらの装置の正常動作を確認した上で、まずこの分光を基底状態分子に適用する。極短レーザー光を波長600-800 nm領域に調整し、この波長域に電子吸収および蛍光を示す色素分子等を試料として選び、一対のリポンプ光で誘起される吸光度変化をプローブ光により検出する。リポンプ光の間のタイミングを掃引することにより得られる2次元吸光度変化データを、リポンプ光間の遅延時間に関してフーリエ解析することにより二次元コヒーレント電子吸収プロットが得られることを確認する。このプロットの形状にもとづき、電子遷移の不均一性について議論する。また初の試みとして、励起状態分子などの過渡種への二次元コヒーレント電子吸収分光の適用を検討し、実験に挑戦する。可視領域に励起状態による強い吸収を示すトランス‐スチルベンなどの基本分子を対象として実験を進める予定である。一方、2年目からは単分子に対する超高速分光をめざした研究も開始する。まず基板の清浄化や試料の蒸着などの試料作製、本年度に導入した分析装置を用いた試料の評価に取り組み始める。
すべて 2017 2016 その他
すべて 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 6件、 査読あり 7件、 謝辞記載あり 6件) 学会発表 (20件) (うち国際学会 5件、 招待講演 4件) 備考 (1件)
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