研究課題/領域番号 |
16H04102
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
竹内 佐年 国立研究開発法人理化学研究所, 田原分子分光研究室, 専任研究員 (50280582)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 時間分解分光 / フェムト秒パルス / 二次元分光 / 電子吸収 / コヒーレンス |
研究実績の概要 |
昨年度に開発した二次元コヒーレント電子吸収分光(2DES)装置を駆使して溶液中の分子の電子遷移の不均一性に関する研究を推し進めるとともに、この手法をはじめて電子励起状態分子に適用するための準備を進めた。 具体的には、再生増幅光源(1030 nm, 150 fs, 1 mJ, 6 kHz)の出力で2台の非同軸光パラメトリック増幅器を励起し、一対のポンプ光(Rp1光 & Rp2光)およびプローブ光(Pr光)を発生させた。2つのポンプ光どうしを試料位置で干渉させ、そのインターフェログラムを解析することにより、両者の遅延の時刻ゼロを正確に決定するとともに、ポンプ光が一対として正常に位相制御されていることを確認した。この装置を用いてまず基底状態分子の2DES信号が取得できることを確認するために、レーザー波長600~800 nm領域に電子吸収および蛍光を示すローダミン800などの典型的な色素分子を試料として選び、実験を行った。試料セルを透過したPr光のスペクトル強度を分光器とフォトダイオードアレイセンサーで測定し、一対のポンプ光で誘起される吸光度変化を検出した。プローブ遅延時刻を固定しポンプ光の間のタイミングを掃引すると、過渡吸収信号が大きく周期的に変動することを確認し、2次元吸光度変化データを得ることができた。これを、ポンプ光間の遅延時間に対してフーリエ解析することにより、最終的な2DES信号を得ることに成功した。プローブ遅延の早い時刻での二次元プロットは対角線方向に伸びた形状を示したが、プローブ遅延を遅くするにつれて等方的な形状に変化した。これは、この分子の電子遷移に不均一性があることを端的に示している。また、プローブ光のタイミングの掃引とともに2次元信号強度が振動することを確認し、電子遷移に伴って励起されるコヒーレントな分子振動も同時に検出することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
フェムト秒高繰り返し光源をベースにした数サイクル極短パルス光の発生およびそれを用いた二次元コヒーレント電子吸収分光装置を駆使することにより、溶液中の分子の電子遷移の不均一性に関する分光研究を推し進めることができた。特に、実験上の最も重要な点である一対のポンプ光の間の厳密な時刻ゼロの決定および干渉計レベルの高い位相安定度を達成したことにより、位相差に応じて激しく変動する分光信号を極めて高感度かつ高精度に検出することに成功した。これにより、コヒーレント電子吸収信号を二次元プロットの形で得ることができた。これは、過渡吸収信号の励起波長依存性の情報を含む分光データといえるが、時間とエネルギーの分解能を両立できるという点で強力な手法であり、電子遷移の不均一性や高速なスペクトル拡散過程の解明に役立つと考えられる。さらに、プローブ光のタイミングを掃引することにより、電子遷移に伴って励起されるコヒーレントな分子振動が明瞭に観測されたことは予想以上の成果である。励起波長とプローブ波長の組み合わせに依存して異なってみえるコヒーレント振動の振舞いは興味深く、その意味付けは今後の課題である。これらの基底状態分子に対する二次元コヒーレント電子吸収分光の成果と知見は、励起分子へのこの方法論の適用の十分な基礎になると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、これまでに開発した二次元コヒーレント電子吸収分光による基底状態分子に対する基礎的な測定結果をふまえて、この方法論をはじめて電子励起状態分子に適用することを試みる。この新しい実験により、励起分子の電子遷移の不均一性などこれまで観測することのできなかった分子の新しい側面の解明に取り組みたい。 具体的には、高繰り返し再生増幅光源と光パラメトリック増幅器の組み合わせにより、励起分子を生成するための励起光、一対のリポンプ光、プローブ光などの極短パルス光を発生させる。可視領域に強い励起状態吸収を示すペリレン誘導体などの基本分子を対象とした研究を進める。測定では、まず励起光によって励起分子を生成し、観測される励起状態吸収帯に共鳴するリポンプ光のON/OFFによる吸光度変化をプローブ光により検出する。基底状態分子に対する測定と同様に、リポンプ光の間の遅延時間に関するフーリエ解析により、二次元コヒーレント吸収プロットが得られると考えている。この2次元プロットの形状にもとづいて励起状態吸収遷移の不均一性について議論する。この不均一性をはじめとする励起分子の特性がその生成からの時間とともに変化するのかを確認し、励起状態ダイナミクスの全体像を明らかにしたい。
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