今年度は、極短パルス光源を用いた広帯域時間領域ラマン分光により二次元振動数相関の観測に成功し、これは光受容タンパク質における水素結合網の動きと発色団の振動との結合を可視化する画期的な成果につながった。 具体的には、2台の非同軸光パラメトリック増幅器を用いて励起光(450 nm、35 fs)と極短ラマン励起/プローブ光(500 - 680 nm 、6.5 fs)を発生させた。バクテリアの青色光センサーの役割をはたす光受容タンパク質として知られるイエロープロテイン(photoactive yellow protein; PYP)を試料として選び、これに励起光を照射した。この励起光はPYPの励起状態を生成し光サイクルを開始するとともに、その励起状態にコヒーレントな振動を引き起こす。この振動コヒーレンスが継続している間にラマン励起光とプローブ光を使ってインパルシブラマン分光を行い、励起状態のラマンスペクトルを観測した。この条件下で観測される信号は全体として5次の非線形分光過程によるものと考えることができ、実際、観測された励起状態のラマンバンドの振幅は時間とともに振動した。そこで、この振動挙動に対するフーリエ解析を行うことにより、振動数どうしの二次元相関マップを得ることに成功した。この結果、PYP発色団と隣接アミノ酸残基との分子間振動モード(160 cm-1)と発色団自身のC-O伸縮振動(751 cm-1)との間に明確な交差ピークが観測された。この観測結果は、2つの振動モードが非調和結合していることを端的に示し、発色団分子の水素結合サイトであるフェノール部位の伸縮運動が周辺アミノ酸残基との水素結合の動きに関与していることを意味する。これにより、光受容の初期過程において重要な役割を果たす光誘起水素結合変化とその分子メカニズムの一端を可視化することができた。
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