過酸化水素は細胞成長因子などの刺激を受けて細胞外に放出された後に細胞内に流入し、細胞の成長、遊走、分化にかかわるシグナル分子として働いていることが判明している。我々は、過酸化水素の可視化を目指し、蛍光プローブの開発を進めてきた。我々が開発を進めている過酸化水素蛍光プローブは、鉄錯体とO-アルキル化され蛍光を発しない蛍光団(プロ蛍光団)とこの二つを連結するメチレンリンカーから構成される。鉄錯体は我々のグループで独自に開発したペルオキシダーゼ活性を有し、過酸化水素との反応により高原子価の鉄オキソ種を発生し酸化活性種を生じ、酵素ペルオキシダーゼあるいはDNAの酸化的切断により抗腫瘍剤として使用されている鉄ブレオマイシンと同じ外部基質酸化能力を有する。昨年度までに、我々は本蛍光プローブの検出感度、検出速度の向上を目指してリンカー部分の最適化を行った。本年度は、プロ蛍光団から生成する蛍光団の改善を行った。蛍光団としてレゾルフィン、O-アルキル化フルオレセインを利用してきたが、レゾルフィンが細胞膜を透過し拡散する問題があった。そのため、電子求引性基の導入によりpKaを下げ、細胞内でアニオン型となるレゾルフィンの開発を行った。また、水にたいする溶解度が極めて低く、かつ、固体状態で蛍光を発する分子HPを蛍光プローブのプロ蛍光団として導入した。これらの蛍光プローブは過酸化水素と反応し蛍光団を放出する原理であるために、過酸化水素を消費するという問題があった。そのため過酸化水素と吸脱着平衡を形成し、過酸化水素濃度に応じて発光強度を変化させることが知られているユーロピウムーテトラサイクリン錯体に着目し、さらなる研究を進めた。ユーロピウムーテトラサイクリン錯体は紫外光励起であるために、可視光励起が可能でありユーロピウムイオンに配位可能なケトエノール構造を有する配位子の合成を行った。
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