研究課題/領域番号 |
16H04127
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
荒木 保幸 東北大学, 多元物質科学研究所, 准教授 (80361179)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | キラリティ / 円二色性 / 励起三重項状態 |
研究実績の概要 |
次世代の立体視可能ディスプレイ開発において、EL発光デバイスによる円偏光発生(CPL)に注目が集まっている。そのため、CPLを発する有機化合物の研究開発が盛んに行われている。本研究では、りん光を発する励起三重項状態における分子キラリティの理解を目指すために励起三重項状態における円二色スペクトル測定を行うことが目的である。学術的には、有機分子の励起三重項状態におけるCDスペクトル測定、すなわち励起三重項状態におけるキラリティ検出は萌芽的かつほぼ未踏の分野である。申請者は、これまで楕円偏光を用いた高感度CDスペクトル測定法、およびその時間分解測定への適用を試みてきている。本申請では、これらを発展させ、特にりん光CPL材料開発にとって重要とされる励起三重項状態のCD測定を達成する。 H29年度の研究の進展より、時間分解CD測定装置の構築とともに、ヘリセン分子の室温、トルエンを用いた希薄溶液中においての励起三重項状態におけるCDスペクトル測定を達成した。希薄溶液中で測定することで、本研究における最大の障害とみなされていた励起光であるレーザーの偏光面に由来するLD成分をほぼ無視できる状況での測定が可能となったと解釈できた。また、ヘリセンは弱いながらも蛍光を発し、その蛍光がCDスペクトル測定の障害になることが研究遂行する上で問題提起されたが、蛍光成分は理論的に除去できることが判明し大きな問題とはならないことが理解できた。 ヘリセン分子の励起三重項におけるCDスペクトルは、ヘリセン分子のT-T吸収帯(650~700 nm)において最大強度をとり、可視光領域全体にいくつかの符号の変化とともに現れた。また、そのスペクトルを両エナンチオマーに対して測定し、符号が反転させた結果が得られたことから、実験結果の妥当性を確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H29年度は、3年計画とした本研究の2年目にあたり、実験計画当初、ヘリセンの励起三重項状態におけるCDスペクトル測定を目指した研究を展開する予定であった。先に述べたように、その目的はほぼ達成されている。 なお、ヘリセンとして、H29年度は、ベンゼン環が6つらせん状に連なった[6]ヘリセンを使用している。[6]ヘリセンは、高い三重項生成量子収率が報告されている。したがってほぼ無蛍光性であり、時間分解CD測定において、蛍光の寄与は無視できると予測していた。しかしながら、H29年度の実験において、高感度測定を行う上では、弱いながらも[6]ヘリセンの蛍光の寄与がCDスペクトルをゆがめてしまう可能性が示唆される結果となっていた。一方で、この蛍光成分は、理論的に除去できることが示され、実際に蛍光除去した後の励起三重項状態におけるCDスペクトルは、サンプルのキラリティを反転させると、完全に符号を変えるものとなった。この結果から、測定の妥当性が補強され、当初の計画どおり、[6]ヘリセンの励起三重項状態におけるCDスペクトル測定が達成できたと考えた。 現在、計算化学の観点から、励起三重項状態におけるCDスペクトルのシミュレーションを行い、実験結果の妥当性を理論的に補強し学術誌へと投稿する準備中である。なお、比較的低レベルな理論計算によるヘリセンの励起三重項状態におけるCDスペクトル計算結果は、実験結果をほぼ再現することまでは判明しており現在大型計算機によるより高度な計算結果を元に再度計算を行って、実験結果の妥当性についての議論を深める計画が進行中である。 以上を総合的に判断すると、当初の計画をほぼ達成できたと解釈されるために、おおむね順調に進展していると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
H30年度は、まず測定されたヘリセンのCDスペクトルの定量的な考察を試みるために、計算機化学手法によるCDスペクトルシミュレーションを検討する。ヘリセン分子のCDスペクトルシミュレーションには、分子サイズと計算モデルの観点から、大型計算機による量子化学計算を行い、CDスペクトルシミュレーション結果との比較検討を行う。 また、励起三重項状態におけるCDスペクトルの測定が達成できることが示されたので、その応用研究として、当初検討予定であった次の研究に軸足を移す。 近年、1つの励起一重項状態から、2つの励起三重項状態を生成するsinglet fission (以下fission) 過程が注目を集めている。fission 過程は、1光子励起から2電荷キャリアを生成しうる過程であり、光電変換プロセスの飛躍的効率化を図るための手段の一つとして、基礎研究から応用に至る幅広い研究が展開されている。 現在fission過程の理解を、ペアとなる励起三重項の生成および消滅の観点から研究する例はそれほど多くない。fission 過程の研究例のうち多くは、ダイマーモデル分子を使った蛍光寿命測定による項間交差過程とfission過程の比較(J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14240)や、fission の逆反応である三重項-三重項消滅による遅延蛍光発生の収率の検討等多種多様ではある。しかしながら三重項ペアの検出を試みるような手法はほとんど例がなく、ダイマーモデル分子におけるfission過程で励起三重項ペアの生成-消滅過程の検出方法が望まれる状況であると申請者は考えた。そこで、H30年度は、fission過程を明確に示すペンタセンをキラルにレイアウトしたπ共役ダイマー分子を設計合成し、その時間分解CDスペクトルをもって、三重項ペアの検出を目指す。
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