研究課題/領域番号 |
16H04238
|
研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
松永 久生 九州大学, 工学研究院, 教授 (80346816)
|
研究分担者 |
山辺 純一郎 九州大学, 水素エネルギー国際研究センター, 特任教授 (20532336)
津崎 兼彰 九州大学, 工学研究院, 教授 (40179990)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 水素脆化 / 金属疲労 / 破壊靭性 / 純鉄 / 炭素鋼 |
研究実績の概要 |
BCC金属の代表として純鉄を用い,疲労き裂進展に及ぼす水素の影響の解明に取り組んだ.水素ガス中で進展させた疲労き裂近傍から微小サンプルを採取し,EBSD,ECCIおよびTEMを組み合わせたマルチスケール観察により,き裂近傍における塑性変形量と転位組織の解析を行った.大気中ではき裂先端部において大きなの方位差を持った変形組織が形成されたのに対し,水素ガス中では塑性変形の広がりが劇的に減少し,塑性ひずみはき裂近傍に局所化した.このような水素による変形局所化は,ミクロな延性破壊助長(HELP)説として広く受け入れられてきた.しかし,上述の精緻な観察の結果,塑性変形の局所化に混在して部分的に殆ど塑性変形を伴わないき裂進展経路が存在することが判明した.このような特異なき裂進展形態を支配するメカニズムを解明するため,FIBを用いて観察対象箇所から薄膜サンプルを採取し,STEM法を用いて転位構造を可視化した.大気中の転位組織は高レベルな塑性変形が加わった痕跡を示す明瞭なセル構造を形成していた.一方,水素ガス中で形成された破面の直下では,セル組織の発達が著しく抑制され,単一の転位群がランダムな配列をとっていた.さらに,TEM解析において結晶面による電子線回折を利用し,観察対象の結晶学的方位を調査した結果,転位組織の発達レベルが低い部分の破面はBCC結晶のへき開面に沿うことが判明した.へき開面が破壊経路全体に占める割合は水素ガス圧力の上昇とともに増加した.このような従来説(HELP理論)では説明できない特定の結晶面に沿うき裂進展のメカニズムとして,水素によるミクロな塑性変形助長ではなく,へき開面に沿うミクロな脆性破壊の助長であるという過去の指摘を覆す説を提案した. また,FCC金属について同様な調査を行うために,各種オーステナイト系ステンレス鋼およびアルミニウム合金を用いた研究に着手した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ここ数十年間を通して材料中のミクロな変形組織の可視化手法が目覚ましい発展を遂げる一方,き裂先端における金属の変形と侵入水素との相互作用に対する解釈は研究者によって大きく異なっており,現象の真のメカニズムを確信させる決定打に欠けていた.このように破壊現象の理解が極めて困難な状態に陥っているのは,過去の水素脆化に関連した研究の多くが複雑な合金成分や微視組織を有する実用鋼を対象に実施されてきたからに他ならない.これに対し本研究では純鉄というシンプルな材料を用いることにより,き裂先端で生じる破壊現象の本質を捉えることに成功している.また,従来のTEM等を用いた観察における問題点として,分析用サンプルがマクロおよびメゾという一回り大きいスケールでの塑性変形量の分布を考慮せずに採取される場合が多かったことが挙げられる.このことは,サンプルの採取箇所によっては全く異なった矛盾する結論がもたらされる危険があることを意味しており,同一の破壊現象に対して統一した見解が得られていない最大の原因であると考えられる.これに対し,本研究では,原子レベルからマクロレベルに至るまで,各々の観察手法が持つ利点を最大限に活用し,互いに高いレベルで融合させるという他の研究とは一線を画した独自のアプローチにより,研究実績の概要に示したような革新的な知見を得るに至った.水素環境下における疲労き裂進展に関連する多くの研究がHELP機構(ミクロな延性破壊説)を支持する一方,中にはミクロな脆性破壊の関与を指摘する声も少なからず上がっており,これら2つの対立する理論の間で決定的な実験証拠を欠いたまま数十年間論争が続いている.本研究により得られた結果は,この論争に終止符を打つ新たな実験証拠であり,今後のBCC鋼に関連した水素脆化研究の新たな方向性を示すものである.
|
今後の研究の推進方策 |
今後は,これまでに主に対象としてきたBCC金属(純鉄)に加えて,FCC金属の代表としてオーステナイト系ステンレス鋼とアルミ合金を対象として研究を継続する.これらの材料の各種き裂進展特性を調査し,破面とき裂の様相をこれまでに確立したマルチスケール手法を用いて精緻に観察することにより,水素によるき裂進展の加速量を決定するメカニズムを解明する.
|