研究実績の概要 |
前年度に続き,工業用純鉄を対象として水素ガス中における疲労き裂進展挙動の解明に取り組むとともに,炭素をTiCとして析出させることで疑似的に固溶炭素を含まない組織を有するIF鋼を新たに対象材料に加えた.両材料について,固溶炭素の有無が水素ガス中の疲労き裂進展特性に及ぼす影響を評価した.鉄鋼材料の水素脆性破壊に関する従来研究の多くでは,結晶粒界や転位芯に偏析した炭素が,転位の易動度の変化や粒界破壊の抑制・促進など水素と材料のミクロな相互作用に多大な影響を与えることが報告されてきたが,IF鋼中の水素の影響下での疲労き裂進展挙動は工業用純鉄のそれと同様であり,微視組織中の固溶炭素の有無が水素助長き裂進展に与える影響は小さいことが明らかとなった.本結果とこれまでに得られた実験結果から,固溶炭素量の少ない純鉄やIF鋼と,炭素を含有する実用鋼(例:炭素鋼)で,水素によるき裂進展加速の挙動やメカニズムには共通性があり,それらは固溶炭素量に影響されないことが示された. さらに,これまでのBCC構造材料を対象とした検討に加え,FCC系材料である準安定γステンレス鋼の疲労き裂進展特性に及ぼす水素の影響の解明にも取り組んだ.γ安定度の異なる2種の材料(SUS304, SUS316L)を用いて疲労き裂進展試験を高圧水素ガス中(外部水素)または試験片に予め多量の水素をチャージした状態(内部水素)で実施したところ,内部水素の場合のき裂進展加速率は外部水素の場合に比べて大きく低減されることを見出した.この現象について,内部水素および外部水素の場合ともに,き裂先端部の強変形により導入されたひずみ誘起マルテンサイト(BCC)相の割れがき裂進展加速の主要因であることを示すとともに,γ相中に多量に存在する水素がマルテンサイト変態を抑制し,き裂進展加速を低減させる効果を持つことを明らかにした.
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