研究課題/領域番号 |
16H04259
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
竹村 研治郎 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (90348821)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 細胞培養器 / 超音波振動 / 共振 / 自動培養 |
研究実績の概要 |
平成28年度は培養基材に適切な固有振動モードを選択的に励振できる細胞培養器を開発した.はじめに,有限要素法による固有値解析を用いて細胞への機械的刺激の付与,剥離およびポンピング方向の力が発生できる固有振動モードを決定した.また、振動モードを励振するための圧電素子および電極の形状を設計し,固有振動モードを選択的に励振することが可能な細胞培養基材を製作した.なお,培養基材の振動特性はレーザドップラ振動計を用いて評価し,設計通りに固有振動モードを励振できることを確認した.さらに,培養基材上にシリコーンゴム製の壁を設けることで培養チャンバを形成し,細胞培養器を具現化した. つぎに,開発した細胞培養器を用いて選択的に細胞を剥離した継続的な細胞培養法を提案した.すなわち,励振する振動モードの振幅を適切に制御し,培養基材上から一部の細胞のみを剥離することで継代作業を簡略化した.ただし,実験にはマウス由来の筋芽細胞株C2C12(接着性細胞)を使用した.この結果,培養基材に励振する振幅の大きさに応じて培養基材に残存する細胞数が変化し,細胞を基材上に適切に残存させれば継代作業を行うことなく連続的に培養を継続できることが明らかとなった.これにより、継代作業における剥離・回収・再播種の過程が不要となり,72時間の培養において培養細胞数が20%以上向上することが明らかとなった. さらに,本細胞培養器を用いて,超音波ポンピングの原理を応用して培養チャンバ中に満たされた細胞懸濁液を回収する方法を提案した.すなわち,培養基材上に適切な隙間をもってパイプを配置し,培養基材の固有振動を励振することで,細胞懸濁液が吸引され回収できることを明らかにした.なお,この時に回収される細胞懸濁液中には単離された細胞のみが存在することも明らかとなった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、再生医療などの細胞療法の普及に向けて,細胞を大量に培養できる小型で簡便な細胞培養技術を具現化することを目的としている.こうした目的に対して,これまでの研究では,培養技術者の手技をロボットで模倣して再現することで細胞培養の自動化を目指しているものが多い.しかし,ヒトの巧みな手技を忠実に再現することは難しいのが現状であった.このため,本研究では,培養基材の固有振動に着目し,従来の培養方法とは全く異なる細胞培養システムを提案している.すなわち,基材に複数の固有振動モードを選択的に励振することによって,基材上での細胞の培養,基材からの細胞の剥離,培養液中に浮遊した細胞の回収,といった細胞培養の一連の操作を選択的に切り替えることができる細胞培養システムの具現化を目指している.この細胞培養システムは単一の培養器に対する入力信号の変更だけで上記の機能を切り替えられるため,培養,剥離,回収を連続的に繰り返すことができ,小型で簡便な細胞培養システムとして,細胞療法の発展・普及に寄与すると考えられる. これに対して,1年目となる平成28年度では,培養基材の固有振動モードを検討して,細胞に対して適切な機械的刺激を付与できる固有振動モードを決定するとともに、これらの振動モードを励振できる細胞培養基材を開発した.また、開発した細胞培養基材を用いて,培養基材から細胞を適切に剥離できることを確認し,これによって連続的な細胞培養が可能であることを明らかにしている.さらに,培養チャンバに満たされた細胞懸濁液を培養基材の固有振動のみによって吸引し回収できることも明らかにした. 以上のように、平成28年度の研究によって,本研究課題で目指している小型で簡便な細胞培養システムの具現化に向けて,細胞の剥離と回収の基礎技術の実現性を示すことができた.このため,概ね順調に推移していると判断している.
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題で目指す小型で簡便な細胞培養システムの具現化に対して,培養基材からの細胞の剥離および回収過程のそれぞれに対する基礎技術を確立した.一般的な細胞培養過程は,細胞の播種・増殖培養・剥離・回収を繰り返すが,培養技術者による作業において細胞の剥離と回収は作業効率のばらつきが最も高くなる過程である.また,これらの作業におけるコンタミネーションのリスクも高い.従来の自動細胞培養装置においては,とくに剥離過程の自動化は達成されておらず,本研究によって培養技術者の手作業を必要としない細胞剥離が達成されたことは,自動細胞培養システムの具現化に向けて極めて重要な進展であると考える.このため,今後の研究においても,培養基材の固有振動を利用した細胞剥離技術を活用した自動細胞培養システムを具体化する方針は,当初の計画から変更ない. ただし,提案する細胞培養システムを広く普及させるためには、以下の項目を詳細に検討しなくてはならない. (1) 播種・増殖培養・剥離・回収の一連の細胞培養過程を完全に自動化する細胞培養システムの実現 (2) コンタミネーションのリスクを最小化するためのディスポーザブルディッシュでの培養の可能性 (3) 開発する細胞培養システムによって培養された細胞の評価 現在までに,細胞の剥離・回収という大きな課題に対する基礎技術が確立されたため,(1)のシステム化に向けて全体の設計を進める予定である.また,これまでの研究では独自開発した細胞培養器を用いていたが,細胞工学で一般的に広く利用されているディスポーザブルディッシュでも同じように細胞の剥離・回収ができることが期待されるため,超音波工学の知見をベースに基礎技術を発展させる計画である.(3)は普及に向けた最大の課題であり,培養効率に加えて細胞タンパク質やDNAなど,培養された細胞の安全性を確認する.
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