音波を利用すれば、大域的な一方向流動を伴うことなく、流体中に運動量とエネルギーを輸送できる。周波数が高いほど、エネルギー輸送量が大きくなり、波長が短くなってエネルギー輸送の目標点の精度を高めることができる。しかし、波長が分子の平均自由行程程度に短くなると流体力学理論の局所平衡の前提が破綻して流体力学が適用できなくなるので、高周波数の非線形音波伝播過程を予測できる理論は存在しない。この事実が応用技術の発展を阻害している。本研究は、高周波数の非線形音波伝播過程を、分子動力学計算によって解明することを目的とする。本質的に非定常かつ非平衡な大規模分子動力学計算を実行し、気体の自由空間中の平面進行波における運動量とエネルギーの輸送過程の理解に取り組んだ。具体的には、気体分子の平均自由行程の10倍以上の計算領域に対する大規模で長時間の分子動力学計算を実行するとともに、同様の設定のボルツマン方程式の正確な数値解を求めて、両者の比較を行った。結果として、非線形性が弱く、非平衡性が強い場合の1方向に進行する平面波および進行波と後退波が相互作用する定在波の輸送特性を明らかにした。高周波数・短波長の音波の気体中の伝播特性に関する過去の研究の多くは、理論・計算・実験のいずれも定在波条件の音波を対象としていたが、本研究によって、進行波特有の輸送特性の特徴の存在が明らかになった。本報告書作成時点において、研究成果は論文投稿準備中である。
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