研究課題/領域番号 |
16H04312
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小野 亮 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (90323443)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 癌 / 免疫治療 / プラズマ医療 / ナノ秒ストリーマ / サイトカイン / 再チャレンジ / フローサイトメトリー / 活性種 |
研究実績の概要 |
本年度は、マウスの皮下に作成した癌腫瘍にプラズマを照射したときに、どのような経路でマウスの癌に対する免疫が活性化しているかを調べるため、プラズマ照射した癌腫瘍の病理解析を行った。マウスの皮下に皮膚癌メラノーマB16F10細胞を注射して腫瘍を作成し、そこにナノ秒パルスストリーマ放電を照射した。その後に腫瘍を切除し、細胞染色とフローサイトメトリーを用いて解析を行った。その結果、プラズマを照射した腫瘍には、免疫の活性化を表すキラーT細胞の発現を示すCD8と呼ばれる細胞表面マーカーが多く観測された。これは、プラズマ照射によって免疫が活性化したことを表す一つの証拠となる。フローサイトメトリーを用いた病理解析は今年度開始したばかりであるが、この手法を導入したことで、プラズマ照射による抗腫瘍効果のメカニズムを解明するための手段を獲得することができた。 本年度は、メラノーマ以外の種類の癌に対するプラズマの効果の有無を調べる実験も開始した。具体的には、マウスの大腸癌細胞CT26をマウスに皮下注射して、先のメラノーマと同様にナノ秒ストリーマ放電を照射する実験を行った。本年度は、CT26の腫瘍の成長度合いやプラズマ照射後の影響をおおまかに見る予備実験を行ったため、来年度から本格的な実験を開始する予定である。 動物実験以外に細胞実験も行った。プラズマのどの活性種が細胞に影響するかを調べるため、我々が開発した真空紫外光法とよばれる手法で所望の活性種を生成し、これを培養した癌細胞に照射した。その結果、H2O2の培養細胞に対する効果を定量的に測定することができた。 プラズマの活性種をレーザー計測する実験も行った。プラズマ医療に用いられるストリーマ放電とヘリウムプラズマジェットに対して、プラズマ医療で重要と考えられているOHラジカルの密度をレーザー誘起蛍光法で測定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初は、プラズマ照射でマウスの免疫を活性化し、全身性の抗腫瘍効果を得るというやや漠然とした目標を持っていた。しかし前年度に、プラズマ照射で免疫治療の理想形である獲得免疫が得られることを実験的に示し、さらにこれが手術で切除した癌の再発を防げる可能性まで示すことができた。また、前年度に行った再チャレンジ実験では、マウスがプラズマ照射で獲得した癌に対する免疫が、長期間、全身に効果を保持できることを示し、全身に転移した癌をも治療できる可能性を示唆した。これは当初の計画を大きく超えた研究成果である。本実験結果は、Journal of Physics D: Applied Physicsにエディターからの招待論文として掲載され、2017年度の同誌の "Highlights of 2017" も獲得した。本研究成果のインパクトの大きさを表している。さらに本年度は、フローサイトメトリーを用いた病理解析を通して、本手法の原理解明を行う道筋を具体的に立てることもできた。治療効果を示すのみならず、原理解明にも踏み込んだ点においても、本実験は順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
今後に行うべき研究として、病理解析による原理解明がある。フローサイトメトリーを用いた病理解析の手法を本年度に獲得したので、来年度はこれを発展させ、さらに踏み込んだ原理解明を行う。また、本手法の治療効果が、これまで実験を行ってきたメラノーマのみに特有のものか、あるいは他の種類の癌に対しても同様の効果があるのか、これを調べる実験も重要である。本年度に大腸癌を用いた予備実験を行ったので、来年度はこれを発展させ、大腸癌に対するプラズマ照射の効果も調べたいと考えている。 動物実験の他に、細胞実験も重要である。本年度は真空紫外光法によりメラノーマ細胞に対するH2O2の効果を調べたが、来年度はこれよりも重要で、かつ測定が極めて難しいOHラジカルの細胞に対する効果も調べる予定である。 病理解析による原理解明に加えて、プラズマ側の原理解明も重要である。すなわち、プラズマの何が癌腫瘍に影響しているのか、例えばどの活性種なのか、あるいは電界や電流なのか、これを調べる研究も来年度に継続する。具体的には、プラズマ医療に使用するパルスストリーマ放電とヘリウムプラズマジェットの活性種をレーザー計測する。 この他に、プラズマパラメータの最適化も重要である。また、本実験で用いているナノ秒パルスストリーマの他に、例えば広く一般的にプラズマ医療に用いられているヘリウムプラズマジェットでも同様の治療効果が得られるのかといった実験も重要である。 以上すべてを残り1年間で行うのは困難であるが、実験の進捗を見つつ、優先順位をつけて研究を推進していく。
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