研究課題/領域番号 |
16H04377
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
孫 勇 九州工業大学, 大学院工学研究院, 教授 (60274560)
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研究分担者 |
小田 勝 九州工業大学, 大学院工学研究院, 准教授 (30345334)
中尾 基 九州工業大学, 大学院工学研究院, 教授 (70336816)
鎌田 裕之 九州工業大学, 大学院工学研究院, 教授 (80343333)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 核磁気共鳴 / 電磁波 / 弾性表面波 / 圧電ポテンシャル / 時間遅延 / 電波吸収 / 電磁相互作用 / 電波遮蔽 |
研究実績の概要 |
SAWデバイスから漏れる圧電ポテンシャルは、その近傍に設置された試料に導入できることが確認された。グラフェン/SiO2/Si試料を用いて実験した結果、電界が単層グラフェン膜を透過することを判明した。 SAWデバイス表面から放射電波の強度の温度依存性から、デバイス自身と試料の電波吸収について研究をおこなった。SAWデバイス自身では、温度の増加によって放射電波の強度が弱くなることは判った。その原因の一つとして、圧電結晶中原子の熱振動により、弾性表面波のエネルギーは逸散したと考えられる。また、Si結晶を用いた電波吸収測定では、140Kから250Kまでの広い温度範囲に強い吸収があり、150K以下の温度領域では、キャリア移動度の減少による吸収が大きいことは明らかとなった。更に、Si結晶表面にグラフェン膜を付ける実験では、グラフェン膜のキャリア濃度はそう大きくないが、移動度が大きいため、電波を遮蔽したことが観察されている。ただ1層のグラフェン膜でも温度の範囲にもよるが、SAWデバイス表面からの放射電波を遮蔽することが確認されている。 弾性表面波の電気的成分と試料との相互作用(粘性)によって、弾性表面波の時間遅延に関する情報が得られている。表面波の時間遅延の温度依存性から、試料を設置しない場合、入力信号の強度と関係なく、温度の減少に従い表面波の伝搬は速くなることが判った。この伝搬速度は、圧電結晶自身の音波特性によって決まり、温度の低下に従い音速が増えたと考えられる。一方、SiO2/Si試料をSAWデバイス表面付近に設置した時の表面波遅延時間の温度依存性から、150K以下の低温領域では、表面波の時間遅延が認められ、SiO2/Si試料を設置しない時と比べると、最大32%の時間遅延が観測されている。 以上のように、SAWデバイスと試料との間における電磁相互作用に関する情報が得られている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画として、本研究では弱磁場・低RF方式NMR用のRF発生・検出・試料台一体化のコア技術開発を目的とし、研究期間内には理論設計、性能評価及びNMR原理機の試作を行うとした。そのためRF発生検出用SAWデバイスの周波数帯域の拡張を重点に置き、各周波数帯域SAWデバイスの組み合わせ方式と広帯域・高調波方式を採用すると考えた。また、試料への効率的電波照射および試料からの放射電波の高精度検出を実現するためには、電波の空間的分布について実測した上、理論計算も行いシミュレーションと実測結果の両面から、電波放射用SAWデバイスの設計と作製を行うとしている。 初年度の28年度では、SAWデバイス表面付近電波の空間的分布について理論計算を行った。計算は圧電方程式とマクスウェル方程式を用い、所定の境界条件の下で有限要素法で行った。デバイス表面付近では、局在性圧電ポテンシャルは主であり、磁界成分はその百万分の一程度であることが判明した。これでは、電波は表面付近に局在し遠くまで放射できないこととなる。勿論、核磁気共鳴用の電波として利用できない。この問題を解決するためには、導電性の薄膜を利用して、電流を起こすことによって電波の磁気的成分を増やす必要がある。理論計算の結果から、単原子層薄膜グラフェンの利用を決定した。 以上の理由で、グラフェン/SiO2/Si試料を用い、SAWデバイス表面から放射した電波と試料中キャリアとの相互作用について実験をおこなった。実験は二つの角度から計測をおこなった。一つは、試料による電波吸収である。実験結果によると、Si結晶による吸収は室温以下で強く観測された。一方のグラフェン膜では、吸収より電波への反射が大きく、電波への遮蔽効果が認められた。もう一つは、試料による表面波の伝搬遅延である。試料中キャリアの濃度や移動度、特に固定電荷などの遅延効果が大きいことが判明した。
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今後の研究の推進方策 |
研究の初年度において、実験は順調に進み、目標を達成するための研究の方向性が把握できた。来年度からの研究推進方策として、次のようにまとめた。 ①理論計算の推進 初年度の理論計算によって、SAWデバイスの表面近傍に電波の空間的分布と伝搬特性を明らかにした。重要なのは電波中の磁気的成分は弱く、NMR測定に必要量の百万分の一しかないことが判った。今年度から、電波分布の境界条件を調整し、より精密な計算結果を取得し、導入電流の強度の空間的分布を把握する。 ②電波の磁気的成分の増強 SAWデバイスの表面に単層グラフェン膜とパターン化したアルミニウム膜を形成し、圧電ポテンシャルの浸入によって、薄膜中に電流を起こし、磁気的成分を導入することによって、これら導電膜から放射電波を発信させる。 ③周波数範囲の開拓 当初の計画においては、周波数領域の確保は複数のSAWデバイスの連携や表面波の櫛状電極間距離の非均一化によって目指していた。実験の結果、放射電波周波数範囲の開拓において新しい方法を見つけた。弾性表面波から100kHz~500MHzの電波が得られやすいが、高周波信号を伝搬する同軸ケーブルを利用すれば、100MHz~1GHzの電波の発信と受信が可能である。今年度においてこの研究について結論を出すつもりである。 ④固定磁場下での実験 今年度において、永久磁石(磁界強度1テスラ程度)装置を作製し、複数周波数帯域電波を形成すると共に高速フーリエ変換を活用し、試料の電波吸収スペクトルを室温環境下で取得する。 ⑤試料の選定 測定の対象試料として三つを想定している。一つ目はInAs量子ドット(550MHz程度)を用いる。二つ目はバイオ試料中の水素(700MHz程度)について測定を行う。三つ目は、LiNbO3圧電体を用いたSAWデバイスの表面を水素化し、そこにおける水素原子核の磁気共鳴を測定する。
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