研究課題/領域番号 |
16H04706
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研究機関 | 愛知県がんセンター(研究所) |
研究代表者 |
関戸 好孝 愛知県がんセンター(研究所), 分子腫瘍学部, 副所長兼部長 (00311712)
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研究分担者 |
村上 優子 (渡並優子) 愛知県がんセンター(研究所), 分子腫瘍学部, 主任研究員 (70405174)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ゲノム解析 / 悪性中皮腫 / 遺伝子 / シグナル伝達 / トランスレーショナルリサーチ |
研究実績の概要 |
悪性中皮腫のゲノム異常の主体であるがん抑制遺伝子の変異に着目して研究を進めた。特定のがん抑制遺伝子異常を有する場合、別の遺伝子に異常が生じると細胞死が誘導される(“合成致死”と呼ばれる)遺伝子を同定することにより、その遺伝子の新たな分子標的(同時に、効果予測のための分子診断マーカーとなりうる)としての可能性を明らかにすることを目的とした。 本年度は、DNA損傷修復やヒストン修飾に関わるBAP1, SETDB1, SETD2遺伝子、およびNF2-ヒッポ細胞増殖抑制シグナル伝達系に関わるLATS2遺伝子に関して合成致死の表現型を示す遺伝子のスクリーニングを行った。 解析の結果、DNA損傷修復やオートファジーに関わる遺伝子が候補遺伝子として抽出された。最初に、既存のDNA合成阻害剤、オートファジー阻害剤等について細胞株を用いて増殖抑制アッセイを行った。その結果、予想通りにDNA合成阻害剤は合成致死の表現型を誘導したが、オートファジー阻害剤の効果に関しては、合成致死の表現型は得られなかった。さらに検討の結果、ヒストン脱ユビキチン化酵素をコードするBAP1遺伝子は、別の脱ユビキチン化酵素をコードする遺伝子も合成致死を示す可能性が強く示唆された。一方、LATS2遺伝子に関してはRNAの代謝に関わる遺伝子が合成致死を示す可能性が示唆された。 さらに、開発中の各種薬剤について悪性中皮腫における感受性・耐性に関する検討を進めた。その結果、focal adhesion kinase(FAK)阻害剤はNF2陰性所見とともに接着因子(E-cadherin)の発現低下を有する細胞株に極めて効果が高いことが明らかとなった。NF2-ヒッポシグナル伝達系が不活化している細胞株においてはスタチン製剤がより有効であることも明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
悪性中皮腫は、がん抑制遺伝子の変異が主体であるため、個別のがん抑制遺伝子の変異を利用した“合成致死”の表現型を誘導する遺伝子の同定が最も有力な新規治療戦略(同時に効果予測における分子診断マーカーとなりうる)であると考えている。 悪性中皮腫細胞を用いてshRNAライブラリースクリーニングが順調に施行され、4つのがん抑制遺伝子に対して合成致死を示す候補遺伝子が順次、同定されている。候補遺伝子に対してshRNAを複数個準備し、実際に合成致死を示すかどうか、確認実験が進んでいる。さらに候補遺伝子の産物(蛋白)あるいはその蛋白が関わると考えられる細胞内シグナル伝達・パスウェイに対する阻害剤が利用できる場合には、阻害剤を直接、細胞に投与し合成致死の表現型が誘導されるかどうかの実験も行っている。解析の結果、合成致死の表現型を示さない遺伝子(shRNAライブラリースクリーニングの結果は疑陽性であったことを反映する)が見つかる一方、合成致死の表現型が再現される遺伝子も確認されており、後者は極めて有力な候補遺伝子であると考えている。現在、さらに細胞株数を増やしての確認実験や、合成致死の表現型を誘導するメカニズムが細胞周期の阻害やアポトーシスの誘導によるものかなど、様々なアッセイ系を駆使して詳細な検討も継続している。 さらに、開発中の薬剤(FAK阻害剤)やスタチン製剤について、悪性中皮腫細胞株パネルを用いて解析し、非常に有望な結果を得ている。これらの薬剤に対する感受性・耐性を予測する分子診断マーカー候補(遺伝子異常・発現異常)を同定することができ、さらに、感受性・耐性を規定する詳細な分子メカニズムについても明らかにしつつある。本結果は、悪性中皮腫患者に対するオーダーメード治療の開発に直結する成果と考えられる。 このように、本研究計画は、現在まで概ね順調に進捗しているものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
現在、悪性中皮腫で高頻度に変異が認められるがん抑制遺伝子(BAP1, SETDB1, SETD2, LATS2)を中心に合成致死の表現型を示す遺伝子のスクリーニングを行っている。有力な候補遺伝子が複数個、ピックアップされているが、以下の観点から、より重点的に解析を進めていく遺伝子を絞り込んでいく。すなわち、1)遺伝子変異の有無によって、合成致死を示すパターンが中皮腫細胞株パネルを用いた細胞間の変異の有無によって、その差が明瞭であること、2)遺伝子異常の有無とともに、細胞内のパスウェイやシグナル伝達系の観点から、その合成致死を引き起こす理由が合理的に説明され、また、他のアッセイによってもその効果が実証されること、3)合成致死の表現型が認められる場合、細胞増殖抑制、アポトーシス誘導レベルが単に有意差をもって確認されるだけでなく、その細胞抑制効果が極めて顕著に認められること、4)不死化中皮細胞や他の正常細胞では合成致死が誘導されないこと、5)すでに阻害剤(開発中を含む)が存在・入手可能であれば、その遺伝子解析を優先させること、6)阻害剤がない場合には、その対象となる候補遺伝子産物に対して、何らかのアプローチによる阻害剤の合成が可能であると見込めること、等を視点とする。特に、薬剤(あるいは生物製剤)に関しては、国内外のUp-to-dateの情報を収集しつつ、合成致死の表現型にこだわらず、中皮腫細胞株パネルを用いた解析を前向きに行うことを検討する。 これらの視点から、研究の軌道修正を図りつつ、もっとも有力な候補遺伝子、薬剤の解析、分子診断マーカーの同定に関する研究を進めていく。
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