研究課題
本研究では、化合物の薬理効果とがん細胞の機能喪失型遺伝子変異もしくは遺伝子欠損との間に成立する合成致死(synthetic lethality)を利用した、新たながん分子標的治療モデルを構築することを目的とする。平成28年度から進めてきたバーコードshRNAライブラリースクリーニング(次世代シークエンシングによる合成致死shRNAクローンの選別)の結果、ポリ(ADP-リボシル)化酵素タンキラーゼ(PARP-5a/b)の特異的阻害剤であるG007-LKの存在下で選択的に頻度低下を示すshRNAクローンが11種類同定された。各ヒットクローンの標的遺伝子に対する小分子干渉RNAを新たにデザインしてがん細胞に処理し、逆転写定量PCR法でノックダウン効果を確認した上で、タンキラーゼ阻害剤に対する感受性への影響を調べた。その結果、遺伝子Xのノックダウンがタンキラーゼ阻害剤の感受性を顕著に増強することが確認された。そこでさらに、複数の異なるshRNA発現ベクターを用いて遺伝子Xが恒常的にノックダウンされた細胞を樹立して精査したところ、同細胞はタンキラーゼ阻害剤に高感受性を示すことが確認された。この現象は当該shRNAに固有のオフターゲット効果によるものではないことを検証するため、shRNA耐性の外来性タンキラーゼ遺伝子を復帰導入した細胞株を樹立した。一方、この阻害剤感受性の増強効果は、タンキラーゼとは異なるポリ(ADP-リボシル)化酵素メンバーである、PARP-1/2に対する阻害剤(オラパリブおよびベリパリブ)に対しては全く認められなかった。以上の結果から、遺伝子Xの機能欠損ないし発現低下は、タンキラーゼ阻害剤のがん細胞増殖抑制効果を増強することが示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
一般に、バーコードshRNAライブラリースクリーニングで得られる実験結果は、実施条件によってはバラツキが大きいこともあり、同一実験を多数回実施することが必要な場合もあるとされている。本研究における初期スクリーニングはduplicateレベルで実施したため、再現性についての懸念もあったが、予想以上に順調に進展し、目的の形質を安定に誘導するヒットクローンを同定することが出来た。しかも、同クローンによるタンキラーゼ阻害剤に対する感受性の増強は、由来臓器の異なる複数のヒトがん細胞株で確認することが出来ている。本研究成果は、阻害剤の効果予測バイオマーカー、併用療法モデルの構築といったがん治療研究に直接繋がるばかりでなく、タンキラーゼの新たな細胞機能の発見に繋がり得るものである。
遺伝子Xをノックダウンさせたがん細胞にタンキラーゼ阻害剤を処理し、このときの細胞応答を観察することで、合成致死性の分子作動メカニズムを検討する。また、この実験を複数の異なるがん細胞株で追試することで、合成致死性の発現に細胞特異性が認められるか、認められる場合はどのような分子特性を有するがん細胞で認められるのか、詳しく調べる。一方、遺伝子Xをノックダウンしたがん細胞株を免疫不全マウスに移植し、タンキラーゼ阻害剤が単剤で著効レベルの制がん効果を発揮するかどうかを検証する。合成致死の分子機序が明らかになった場合は、当該分子を薬力学的バイオマーカーとして設定し、これらの採材試料における当該マーカー変動の有無を検討する。分子機序が明らかになっていない場合でも、既知のポリ(ADP-リボシル)化タンパク質の蓄積を調べることにより、薬力学的効果をモニタリングすることは可能であると推定される。これらの検討により、合成致死メカニズムに立脚した制がん効果のproof-of-conceptを確立する。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 1件、 招待講演 6件) 備考 (1件)
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