研究課題
マウスのESC/iPSC由来の造血性血管内皮細胞HECにLhx2を強制発現させると、造血幹細胞HSCが誘導・体外増幅される。しかし、Lhx2を用いてヒトiPSCからHSCを分化誘導することには、まだ誰も成功していない。そこで、本研究ではヒト臍帯血由来iPSC株SM28を用いて、Lhx2の発現を薬剤添加によって調節できる実験系を構築し、血液細胞分化におけるLhx2の効果を検討した。予想外なことに、Lhx2をヒトiPSC由来のHECに過剰発現させてみたところ、マウスの場合と正反対に、血液細胞自体の分化が完全に抑制されてしまった。ヒトiPSCにのみ発現しているVENTX遺伝子の発現をノックダウンしても、血液細胞の分化率は変わらなかった。また、エピジェネティック阻害剤ライブラリーをこのヒトiPSC培養系に添加してみたが、血液細胞分化を再開させることはできなかった。ゲノムワイドスクリーニングについては、ヒトiPS細胞のレンチウイルス感染効率が低すぎて原理的に不可能であった。Lhx2はマウスESCでは高度にリン酸化されていたが、ヒトiPSCではほとんどリン酸化されていなかった。変異体を用いた解析によって、Lhx2のC末端領域がリン酸化されること、そしてこの領域がLhx2の転写促進活性に必須であることを証明した。しかし、Lhx2のC末端欠損体には、マウスESCからのHSC誘導とヒトiPSCの血液細胞分化抑制の両活性が依然として存在していた。したがって、Lhx2のLIMドメインとホメオボックスドメインと相互作用する分子が、マウスESC/iPSCとヒトiPSCとで異なっている可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、1)Lhx2の過剰発現は、マウスESC/iPSCではHSPCの体外増幅をもたらすのに対し、ヒトiPSCでは血液細胞自体の出現を強く抑制すること、2)ヒトiPSCとマウスiPSC由来のHECでは、外来性プロモーターに対するエピジェネティックな調節機構が異なること、3)Lhx2のリン酸化状態と転写活性化能はHSPC誘導と無関係であること、4)Lhx6にもマウスESC由来のHSPCを体外増幅する活性があること、を見出した。本研究のゴールである、ヒトiPS細胞からHSCを作り出す技術の開発にはまだ成功していないが、Lhx2の活性に基づいてマウスESC/iPSCとヒトiPSCとの違いを洗い出せたため、研究は着実に進展していると自己評価した。
Lhx2のLIMドメインとホメオボックスドメインのどちらかを欠損させると、マウスESCからのHSC誘導増幅はおこらなくなるが、ヒトiPSCの血液細胞分化抑制活性はどちらの変異体にも残っていた。したがって、ヒトiPSCの場合にはLhx2が両方のドメインを介してHSC出現に必須な遺伝子の発現をマスクしている可能性がある。単一のエピジェネティクス阻害剤の添加ではヒトiPSCに存在するロードブロックを打破できなかったため、今後は、ヒトiPSCの血液細胞分化抑制に関わるLhx2の最小責任領域を同定する。その領域を欠損あるいは変異させたLhx2改変体を用いて、ヒトiPSCからのHSC分化誘導を試みる。また、HSC発生に必須な7種類のマスター転写制御因子やその下流遺伝子に着目して、HECの遺伝子発現プロファイル、転写調節領域のゲノムDNA配列、クロマチン構造を、マウスESCとヒトiPSCとの間で丹念に比較していく。さらに、これらの実験が成功しなかった場合のバックアップとして、ヒトiPSC由来のHECをマウスAGM領域と共培養する実験系を構築する。この系を用いて、胚体内の微小環境を再現することでHSCが分化誘導される可能性についても検討する。
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