研究実績の概要 |
本研究では、細胞膜にかかる物理的パラメータである「膜張力」に着目し、細胞の形態形成と生理機能に必須の役割を担う「細胞極性」の成立を司るメカノシグナリングの分子実体を明らかにする。特に、頂底方向への明確な細胞極性をもつ上皮細胞を対象に、癌化に伴い活発な細胞運動能を獲得する「上皮間葉転換」における細胞膜張力の制御因子とセンサー因子を同定し、その作用機序解明を目指す。本研究によって得られる成果は、細胞極性の形成と制御に関わる全く新しい分子メカニズムの発見につながり、腫瘍悪性化の主因である浸潤・転移を引き起こす「上皮間葉転換」の新たな理解と、その予防・治療戦略に向けた従来にない分子基盤をもたらすことが期待される。 本年度も引き続き、細胞膜張力のマスターレギュレーターであるイノシトールリン脂質に焦点を絞り、研究を推進した。昨年度までに樹立した2種類のイノシトールリン脂質分子種を同時にモニターするMDCK細胞株を用いて、がん遺伝子発現に伴う極性崩壊における脂質動態を観察した。がん遺伝子としてRasの恒常的活性化型変異体(RasV12)を選択し、MDCK細胞株に遺伝子導入を行った。その結果、細胞は上皮間葉転換を起こしながら基質面方向へ活発に運動する様子が認められた。高倍率観察を行うと、細胞膜が激しく波打つラッフル形成が認められるとともに、PIP3およびPI(3,4)P2が集積した。遺伝子発現から48時間後には、RasV12を発現するMDCK細胞は既報通り上皮細胞層から逸脱したが、その際、細胞辺縁の細胞膜にはPI(4,5)P2が高度に集積することが明らかとなった。一方で、PIP3およびPI(3,4)P2は細胞内部のマクロピノソーム膜上に特異的に蓄積しており、細胞膜上からは失われていた。
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