研究実績の概要 |
本研究では、細胞膜にかかる物理的パラメータである「膜張力」に着目し、細胞の形態形成と生理機能に必須の役割を担う「細胞極性」の成立を司るメカノシグナリングの分子実体を明らかにする。特に、頂底方向への明確な細胞極性をもつ上皮細胞を対象に、癌化に伴い活発な細胞運動能を獲得する「上皮間葉転換」における細胞膜張力の制御因子とセンサー因子を同定し、その作用機序解明を目指す。本研究によって得られる成果は、細胞極性の形成と制御に関わる全く新しい分子メカニズムの発見につながり、腫瘍悪性化の主因である浸潤・転移を引き起こす「上皮間葉転換」の新たな理解と、その予防・治療戦略に向けた従来にない分子基盤をもたらすことが期待される。 本年度も引き続き、細胞膜張力のマスターレギュレーターであるイノシトールリン脂質とその代謝酵素に焦点を絞り、研究を推進した。恒常的活性化型Ras(RasG12V)を上皮細胞株MDCKに発現すると、活発な細胞運動が観察された。上皮細胞の癌化における浸潤能を評価するため、マトリゲルインベージョンチャンバーを用いた浸潤アッセイを行ったところ、予想通り高度な浸潤能が観察された。前年度までに明らかにした、Ras活性化によるイノシトールリン脂質PI(3,4,5)P3の増加に着目し、PI(3,4,5)P3脱リン酸化酵素でありがん抑制遺伝子として知られるPTENに着目した。CRISPR-Cas9を用いてPTEN遺伝子を欠損するMDCK細胞株を樹立し、RasG12V発現における浸潤能を検討した。すると驚くべきことに、PTEN遺伝子欠損により、Ras依存的な浸潤活性が著しく低下することが観察された。この現象は野生型PTEN遺伝子により回復したが、PI(3,4,5)P3ホスファターゼ活性を失った変異体では回復しなかった。
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