研究課題/領域番号 |
16H04793
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
瀬原 淳子 京都大学, ウイルス・再生医科学研究所, 教授 (60209038)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 再生医学 / 細胞・組織 / 発生・分化 / 生体分子 / ゲノム |
研究実績の概要 |
骨格筋には、激しい運動や疾患により損傷すると、それを効率よく修復する高い再生能力がある。再生に関わる筋幹細胞は、発生期の筋前駆細胞同様Pax7(+)細胞系譜であるが発生期と異なり普段は静止期にあり、損傷時にのみ活性化されて多核の筋繊維を再生するとともに、自己複製して次の筋再生に備える。一方その静止期からの活性化は、筋形成転写因子Myf-5/MyoDの発現とそれに続く非対称分裂をもたらすが、これらのプロセスの引き金と促進に関わる細胞・分子機構は未解明なところが多い。本研究は、マルチフォトン顕微鏡を用いて生きたマウス個体で筋幹細胞の活性化の様子を捉え、その活性化における、炎症細胞・筋間質細胞を中心とする周囲の細胞とそれらが発現するシグナル分子・プロテアーゼの役割を解明する。 Pax7-creERT2/Rosa26TdTomatoマウスをtamoxifenで誘導し、さらにcardiotoxinで再生を誘導して、筋幹細胞とそこから分裂して産生される細胞集団をラベルし、筋再生の経過をマルチフォトン顕微鏡で追跡する。また、Pax7-creERT2/Rosa26TdTomatoマウスとlysM-EGFPマウスあるいはCX3CR1-EGFPマウス(いずれも阪大・石井優先生(連携研究者)より共同研究として供与を受けている)をかけ合わせ、それぞれ筋幹細胞と好中球、筋幹細胞とマクロファージのライブイメージングを行う。 (H28→H29の繰越理由) 骨格筋再生において筋幹細胞の活性化(増殖開始)から筋形成にいたる過程を観察し、それらの過程に関与する遺伝子候補を探索し、新たな遺伝子の関与を突き止めた。血管の解析をする必要性が生じたことから、新たな遺伝子のノックアウト・トランスジェニックマウスを入手し、解析することにした。そこで研究費の一部を来年度に繰り越し、それらのマウスの飼育とそれらを用いた実験を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
我々は、様々な角度から骨格筋幹細胞の活性化機構を検討してきた。その中で、幹細胞分化を制御する分子・分子パスウェイを同定することに成功した。 それはミトコンドリアでのTCAサイクル・酸化的リン酸化によるエネルギー産生を促進するPDH(ピルビン酸デヒドロゲナーゼ)であった。我々は、嫌気性代謝である解糖系から好気性代謝であるTCA回路への代謝変化が、骨格筋幹細胞の増殖や分化にどのような影響を与えるかを検討するため、骨格筋幹細胞において特異的にPDH活性をなくすconditional knock out miceを作成した。発生過程において骨格筋特異的にPDH活性をなくすと骨格筋繊維径が大きくなることが報告されていたが(Sukhdeep S, et al : Am J Physiol Hert Circ Physiol 295 : 946-952, 2008)、筋再生過程、骨格筋幹細胞である筋衛星細胞の維持や分化における代謝制御の関与は謎であった。PDH欠損により、骨格筋損傷後Myogeninの活性化は起きるが、再生筋形成が遅れることがわかった。単離した筋衛星細胞の培養実験を行い、幹細胞分化における代謝制御の関与について検討したところ、幹細胞の分裂様式に変化が起こることがわかった。免疫染色による解析から、好気性代謝への変化は、幹細胞の自己複製を抑制して、分化に繋がる細胞分裂を促進することがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
現在、このPDH欠損幹細胞で、ATPの産生が確かに落ちているかどうかを調べている。PDHが欠損しても、脂質やアミノ酸からのバイパスが使われている可能性がある。実際、ノックアウトマウスの再生能は遅れるがのちに回復するため、何らかのバイパスが働いていると考えられるからである。また、単離した培養幹細胞においても、PDH欠損によって分化が完全に抑制されるわけではない。そのことから何らかのバイパスの関与を示す必要があると考えている。 一方、このような代謝変化をもたらす分子カスケードはどのようなものか。 まず、当初の仮説、炎症反応が骨格筋幹細胞の活性化・分化に関与する可能性を検討した。 まず、幹細胞をPax7-cre; Rosa26-DsRedマウスでラベルし、これを、それぞれ好中球あるいはマクロファージをGFPで可視化させたマウス(阪大、石井優教授より供与を受けたもの)と掛け合わせ、骨格筋障害後のこれらの細胞の動態を2光子顕微鏡で観察した。マウスの筋再生の可視化は、世界的にもまだほとんど報告がない状態であったので、試行錯誤を繰り返したのち、徐々に安定的にライブイメージングができるようになり、炎症細胞の障害筋組織への浸潤の観察に成功した。現在、この時の幹細胞の動態を観察中である。さらに、炎症細胞が筋組織に浸潤できない状態を作り出し、この時筋再生が活性化されるかどうか、筋幹細胞が活性化・分化するかどうかも検討中である。これらの検討によって、筋再生における炎症の役割を明らかにすることができるだろう。また、幹細胞の増殖の様子を捉え、炎症細胞の浸潤の有無によって、その増殖パターンが変化するかどうかについても検討する予定である。
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