研究課題/領域番号 |
16H04814
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
水波 誠 北海道大学, 理学研究院, 教授 (30174030)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 学習 / 昆虫 / 予測誤差 / 報酬 / 罰 / 脳 / ドーパミン / 微小脳 |
研究実績の概要 |
1.コオロギの罰学習への予測誤差理論の適用可能性の検証 これまで私たちはコオロギの報酬学習に予測誤差理論という学習理論が適用可能であることが示してきたが、本年度の研究により、さらにこの理論がコオロギの罰学習にも適用できることが明らかになった。具体的には、コオロギに匂いと塩水を連合させる学習において、「ブロッキング」及び「オートブロッキング」と呼ばれる学習現象が起こることがわかった。これらの現象は、動物が予測する罰と実際に受け取る罰との差(罰予測誤差)に基づいて起こることを明確に示唆するものであった。本研究は罰学習に予測誤差理論が適用できることをはじめて実験的に検証したものであり、その成果は極めて重要なものと言える。さらに「オートブロッキング」の実験からは、罰に関する予測誤差の情報を運ぶのがドーパミンニューロンであることも示唆された。これも重要な発見であり、罰学習のニューロン機構を調べるための重要な基盤となる。
2.免疫組織化学によるキノコ体に投射するオクトパミン免疫陽性ニューロンの同定 報酬情報を運ぶニューロンの活動についての電気生理実験の準備のため、ゴキブリのキノコ体に投射するオクトパミン合成に関わる酵素(TDC2)の免疫組織化学による形態学的な同定を行った。キノコ体(嗅覚学習の中枢)に投射するオクトパミン免疫陽性ニューロンには数種類あること、そのうち傘(キノコ体入力部)に投射するニューロンの一部は食道下神経節から上行するニューロンであることがわかった。その細胞体の位置から、このニューロンが食道下神経節のmaxillary segmentsのDUMニューロン (dorsal unpaired neurons)の1つであることも突き止めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
コオロギの罰学習に予測誤差理論が適用できることを明らかにすることができたのは、本年度の大きな成果であった。これまで哺乳類において罰学習が予測誤差理論あるいは他の理論で説明できるかについて様々な研究が行われてきたが、予測誤差と他の学習理論の切り分けが極めて難しく、明確な結論が得られていなかった。コオロギにおいても罰学習は報酬学習に比べて実験が難しく、多大な労力と時間が必要であったが、それらの困難を克服して、当初の目的を初年度で完遂し、動物の罰学習アルゴリズムについて新たな理解を生み出すことができたのは、極めて大きな成果であったと評価できる。 初年度は上記の研究に全力を注いだために、もう1つの課題として設定したゴキブリのオクトパミン免疫陽性ニューロンの形態学的な同定については、まだ完成には至っていない。しかしながら、その同定にも目処は立ってきており、あと数カ月程度で完了できる見通しである。また次の課題である報酬を伝えるオクトパミンニューロンからの神経活動記録の着手も視野に入りつつあり、初年度の進展状況としては計画以上のものと評価する。
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今後の研究の推進方策 |
昆虫の報酬学習のニューロン機構の解析し、報酬予測誤差理論が脳の神経回路でどのように実現しているかを明らかにすることが本研究の最終的な目標である。 2年目には、その基盤を築くため、ゴキブリの報酬情報を運ぶオクトパミン免疫陽性ニューロン形態学的な同定を完成させることを目指す。具体的にはキノコ体の傘にガラス管微小電極を刺入して水や砂糖水の報酬情報を伝えるニューロンを探索し、記録に成功したら蛍光色素(ルシファーイエロー、LY)のニューロンに注入してその形態を明らかにする。 それらが成功すれば、さらにLYとTDC2またはオクトパミンの抗体との二重染色を行って、それらのニューロンがオクトパミンを含むニューロンなのかを確認する。現在までのTDC2抗体を用いた研究からはそれらのニューロンの候補として、食道下神経節に細胞体を持つDUM ニューロンが上がっているが、それら以外のニューロンが関与する可能性も含め丁寧な探索を進めて行きたい。 報酬情報を伝えるニューロン同定に成功すれば、次に学習時のそれらのニューロンの神経活動の記録し、予測誤差理論から予想される神経応答と実際の応答が一致するかの解析へと踏み込んでいきたい。
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