研究課題
異型配偶子接合の進化は性淘汰の根本的な背景にある。配偶子と接合子のサイズとその適応度の間にある定量的な関係はこれまでの研究代表者(富樫)らによる理論研究などによって雌雄の配偶子サイズの進化に決定的な影響を与えることがわかっている。しかし、実際の生物による検証は未だ十分ではない。我々はこれまでの研究によってこの実験を難しくしている問題をヒトエグサ属の海産緑色藻類を用いて乗り越えることが出来ることを明らかにしてきた。本研究では、特に、配偶子の単為発生と接合子からこれまで知られていた単細胞で微視的な胞子体のみでなく多細胞で巨視的な多細胞体が発生するという我々のこれまでの研究から得られた新しい発見に着目してこの課題に包括的に取り組んでいる。平成30年度は継続して、北海道室蘭市ならびに小樽市で採集したエゾヒトエグサを用いて研究計画に基づいた実験データを収集した。我々のこれまでの研究から、1)本種の配偶子は配偶子嚢になる細胞が同調的な等分割を繰り返しながら形成されること、2)種内の配偶子サイズの大きなバラつきが配偶子嚢のサイズに起因して起こることなどがわかっている。今年度は、これらの性質を活用した実験によって得られた1)生産された雌雄の配偶子には単為発生するものがあり、単為発生には異なる2つの経路(胞子体への単為発生、配偶体への単為発生)があること、2)単為発生が起きる確率は、配偶子のサイズに依存し、大きな配偶子ほど接合しなくても単為発生によって生き残りやすいこと、3)胞子体、配偶体のどちらに単為発生するかはその配偶子のサイズには依存しないことなどの重要な新しい知見について異なるGenotypeについてデータの蓄積を進め、GLMMによるデータ解析を行う準備を整えている。
2: おおむね順調に進展している
配偶子ならびに接合子のサイズと適応度の関係は、異型配偶子接合の進化を理解するために最も重要な問題のひとつであり、性差の起源を解明するための鍵となる。理論研究から示された主要な課題は、1)配偶子形成過程ならびに接合子の形成後において捨てられてしまう雄性配偶子の資源が本当に接合子の適応度の向上に寄与することが出来るのか? 2)大きな接合子は実際に適応度も高いのか?の2点であると言ってよいだろう。これを定量的に示すことは一般に極めて難しい。雌雄の配偶子が接合しないと発生できないため、雌雄それぞれの配偶子に由来する資源が接合子の適応度の向上にどれだけ寄与するかを分けて測定することができない、雌雄の配偶子のサイズが固定されているためサイズの異なる接合子を実験的に作ることができない、次世代の子供の数が多過ぎたり次世代時間が長過ぎたりするため適応度を計測することが事実上できないなどが大きな障害となってきた。我々は、これまでの研究で海産緑藻エゾヒトエグサにこれらの問題を解決する有利な性質があることを明らかにすることが出来た:1)配偶子形成過程で減数分裂を行わないため同一の配偶体からは遺伝的に異ならない配偶子が生産される、2)雌雄の配偶子はどちらも単為発生能することが出来る、3)配偶子のサイズに種内で大きなバラつきが見られる、胞子体が全実性で微視的で生活環も短いため、次世代の子供の数(配偶体数)を計数することが出来る。本研究では、さらに、これらの利点を活用した実験系を駆使して、単為発生による配偶子の生存率が配偶子のサイズに依存し、その関係が理論予測を支持する増加関数によって示されることを支持する実験結果が得られた。加えて、2つの異なる単為発生経路の発現が配偶子サイズと独立に決められるようであることもわかってきた。理論予測を超える新しい研究成果を挙げられる可能性が見えてきた。
研究計画に従って、研究分担者(吉村)ならびに研究協力者らと協力し、引き続き以下に主眼を置いてエゾヒトエグサを用いた定量的なデータ収集を進める:1) 雄性配偶子が有する資源は接合子のどの程度適応度の向上に役立つか?;2) サイズが大きい配偶子ならびに接合子ほどより適応度が高いか?(特にシグモイド型関数になるか?)。我々は、これまでの研究によって、配偶子が同調的等分割によって単核の栄養細胞から減数分裂を経ずに形成され、配偶子嚢のサイズのバラつきがさまざまなサイズの配偶子を生み出す要因となっていることを明らかにした。これに基づいて、配偶子の単為発生による生存率が、理論予測されたように配偶子のサイズに依存すること、一方で2つの異なる単為発生経路のどちらが発現するかは、配偶子のサイズに依存しないことがわかってきた。今後の研究では、まず、異なるgenotypeを用いてこれらの実験を繰り返し、GLMMによって統計モデリングする。また、サイズの異なる配偶子を雌雄で組み合わせることによって、実験的にサイズの異なる接合子の系列を作製する。これらを培養して、接合子を胞子体ならびに多細胞体に発生させ、接合子のサイズとそれぞれの発生率の関係を調べる。さらに、胞子体、多細胞体のそれぞれの発生ルートにおいて、次世代の子供の数を計数する。接合子から発生してくる多細胞体については性質をより詳細に明らかにしていく。特に、この多細胞体から生産される遊泳細胞を単離して培養し、その発生のプロセスを解明する。また、野外で実際に我々が発見した多細胞体が生育しているか調査する。集めた定量的データは、基本的にGLMMによる統計モデリングを行って解析することによって、本研究目的の達成を目指す。
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Journal of Phycology (in press)
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