研究課題
病原体の遺伝子配列には、長年にわたる宿主との攻防の歴史が刻まれている。本課題ではデータ同化を念頭に置いてビッグデータに値する情報として蓄積しつつある病原体の遺伝子配列を利用し、「流行予測」を実現させるための生態学理論を構築してきた。データ同化とは、主に地球科学分野で用いられている手法で、数値モデルに実際の観測値を入力してより現実に近い結果がでるようにする作業である。ここでは、データ同化の手法を効果的に使うために“病原体と宿主の進化的攻防”をハイブリッド力学系によりモデリングする必要があった。病原体の適応度地形は宿主の免疫応答により変化し、宿主の集団免疫は流行する病原体により変化するからである。従来の個体群動態の枠組みを理論的に発展させる事で、生態学におけるビックデータを取り扱う新たな研究領域を展開してきた。感染症の流行を捉える上で重要な要素の一つに「季節性」が挙げられる。特に、インフルエンザは相対湿度が低い冬季ほど伝播が起こりやすい。本研究では、インフルエンザの流行期と非流行期をON-seasonとOFF-seasonとしたハイブリッド力学系を考えた。ON-seasonを連続力学系で、OFF-seasonを離散力学系で記述し流行動態をseason-to-seasonで捉えていく。一方、インフルエンザウイルスやデングウイルス等は、多様な変異株集団を構成し、宿主の免疫応答はその感染履歴に依存する事より、「多流行株」を考慮する必要がある。インフルエンザの流行モデリングの難点はこの多流行株にもある。宿主が感染株以外の株への交差免疫を確率的に獲得できると仮定する事でこの困難を回避した(状態ベースモデル)。以上、病原体と宿主の進化的攻防をメカニスティックに記述した数理モデルを開発した。
1: 当初の計画以上に進展している
連続力学系の枠組みでインフルエンザ流行の季節性を考える場合、β(t)=β_0 (1+α cos(2πt))の様に感染力のパラメータを周期関数にする方法が取られてきた。この様な仮定の下では、力学系は一般的に複雑な振る舞い示すが、必ずしも現実の現象を捉えきれていない事が指摘されている。また、力学系の初期値やパラメータに対する鋭敏性は予測の精度を大きく下げる。本研究では、この点をハイブリッド力学系により記述する事で簡略化する事に成功したから。
現在までの研究によりインフルエンザ流行動態を捉える数理モデルが開発された。今後は、特に、ビックデータに刻まれた病原体進化を説明するための生態学理論を構築する必要がある。そのために、遺伝子配列データをバイオインフォマティクスの手法により解析する事で、定量的な情報を得る必要がある。また、開発した数理モデルを詳細に解析していく事で株空間内でのウイルス進化を特徴づける解析も並行して行う。平均二乗変位による特徴づけを用いることで株空間内での運動としてインフルエンザ進化を捉えれるかどうかを検討していく。
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すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 5件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件、 招待講演 4件)
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