研究課題/領域番号 |
16H05013
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研究機関 | 帯広畜産大学 |
研究代表者 |
宮本 明夫 帯広畜産大学, 畜産学部, 教授 (10192767)
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研究分担者 |
高木 光博 山口大学, 共同獣医学部, 教授 (40271746)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ウシ / 卵管 / 子宮 / 配偶子 / 免疫応答 / 受胎性 / 免疫細胞 |
研究実績の概要 |
本研究は乳牛をモデルとして、受精・初期発生の場である卵管に備わる未知の特殊な局所免疫システムについて詳細に調べ、その阻害要因を明らかにして、乳牛でパイロット試験を行い、免疫寛容の強化を検証して、家畜生産性向上に寄与する目的でおこなう基礎的研究である。平成30年度の研究実績の要点を列記すると、1) BOEC培養系において体外受精卵を4日間共培養すると、受精卵は16細胞期に達し、BOECの弱いTh2型(抗炎症性)反応を誘導した。この培養上清は免疫細胞(PBMC)の遺伝子発現を典型的なTh2型に誘導し、インターフェロンτ(IFNT)特異的抗体で、その反応は中和されたことから、16細胞期のウシ受精卵は既に微量のIFNTを分泌し始めていることが示唆された。実際、16細胞期ウシ受精卵は、IFNTタンパクを発現していることが世界で初めて示された。 2) ウシ受精卵移植技術の供卵牛を活用して、 Day-7で子宮を灌流し10個前後の初期胚盤胞を得た。この灌流液を用いて、免疫細胞を培養すると強いTh2型(抗炎症性)反応が誘導された。多角的検証から初期胚がIFNTを分泌して、子宮の免疫環境をTh2型に誘導して、着床に向けた免疫寛容の準備を促進することが示された。この供卵牛の血中の免疫細胞は、すでにTh2型の反応を始めていた。3) 濃厚飼料多給された乳牛が示す血中濃度の尿素は、受精卵や卵管の発生能や免疫機能に多くの撹乱作用を及ぼすことを示した。4) BOECの免疫機能系の応答は、その生理的(精子を含む)あるいは病理的な要因で、様々な相互関係で調節されることを、統計学的なモデルで示した。5) 子宮内に授精された精子は、数分のうちに子宮腺に活発に侵入し、最初の自然免疫応答のスイッチを入れることを発見した。 以上、ウシ卵管と子宮の精子と初期胚に対するセンシングの分子メカニズムの検証が進んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度の計画の卵管と子宮内の上皮細胞と配偶子との生理的相互作用の主な部分は詳細な検証が進んだ。一方で、生理的な(基礎的な)相互作用について、リスク要因と考えられる尿素は、卵管の免疫環境を撹乱することがわかった。特にバイオインフォマティックス(統計解析)を駆使したアプローチは、生体内の複雑な相互関係の展望を得るのに有効であることを示すことができた。進捗状況を以下に示す。1)ウシ子宮内免疫環境は、授精された精子によって、より強いTh1型(炎症性)に誘導され、そのセンシングには病原体認識と同様のTLR2/4が活用されている事実を実験的に示した。2) ウシ卵管内免疫環境は、16細胞期の初期胚によってインターフェロンτなどの作用も加わり、弱いTh2型に誘導され、最初の4日間の受精卵の発育を支えることが示唆された。3) 生体モデルを用いて、ウシ子宮内免疫環境は、初期胚によってインターフェロンτなどの作用も加わり、さらに継続してTh2型に維持され、着床に向けた準備を支えることが示唆された。4) 高泌乳牛の濃厚飼料多給に起因する血中尿素の濃度は、卵管上皮細胞の精子や諸要因に対する免疫反応を撹乱して受胎性の低下に関わる可能性を示唆した。以上の成果は国際専門誌に7報の原著論文として発表し、学会でも報告した(1つは優秀発表賞)。これらの状況から、「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
上述のごとく成果は予想を超えるペースで順調に上がっているが、一方で、当初の計画であった生体モデルでの配偶子に対する母体の免疫応答の強化は、技術的に困難であると判断した。本研究の当初の主体は卵管内の局所免疫システムであるが、これまで子宮内の局所免疫システムと対比させながら検証を進めた結果、両者の共通システムと異質なシステムが明らかになった。卵管内と子宮内のそれぞれの上皮細胞の精子あるいは初期胚への免疫環境の反応と分子メカニズムにまで研究の枠組みを拡げることで、子宮内へ人工授精される凍結融解精子の引き起す免疫環境の変化から卵管内での排卵卵子との受精、卵管内の4日間の初期発生、そして初期胚が5日目に子宮内に戻ってきて着床準備へ向かうまでの免疫環境の調節を、一連のプロセスとして通して観察することは概念確立に極めて重要である。令和元年度は、以下に主眼を置いて進める予定である。 1) 卵管と子宮内における精子に対する非自己のセンシングの分子メカニズムについて、特にToll-like receptor 2/4 (TLR2/4)と上皮細胞が分泌する主要な高分子であるヒアルロン酸、シアル酸、BSPsなどに焦点をあてる。 2) 新鮮な卵管と子宮の組織片を用いた新しいex-vivo系で精子との相互作用を検証し、より生理的条件下で、これまで得た新知見を発展させる。特に精子と上皮細胞とのクロストークを、精子の運動性も加えて詳細に観察し、その場の免疫環境への情報伝達の実際を検証する予定である。 3) 平成30年度に得た、7日目受精卵が10個前後存在する子宮灌流液を活用したモデルは効果的であったが、さらにこれをプロテオームとmiRNAの網羅的解析に共して、情報を構築して、受胎率向上の技術確立に向けたプランに役立てたい。
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