研究課題
遺伝子変異や遺伝子増幅、その他の理由で、がん細胞の増殖・生存が特定の遺伝子に依存している場合、その遺伝子を標的にした治療に著効を示すと考えられる。本研究では、このような遺伝子(脆弱性遺伝子)のうち、「一部のがん細胞に選択的に脆弱性を示すもの」をがん治療の重要な新規分子標的候補として検索・同定することを目的とし、ケミカルジェネティクスと機能ゲノミクスによるアプローチを試みている。ケミカルジェネティクスによるアプローチとして、JFCR39がん細胞パネルについて当部でこれまでに取りためた数千種類の抗がん物質の感受性データを用いて、一部のがん細胞にのみ奏功しその他の細胞には影響しない物質を複数同定した。このような物質を脆弱性遺伝子同定のためのケミカルプローブとして利用できる。その1つとして見出した新規抗がん物質は、39種中3種類のがん細胞でのみ著効し、他の細胞株の増殖、生存には影響しなかった。また、興味深いことに、本物質は既存の抗がん剤と類似した抗がんスペクトルを示した。両剤は構造的な類似性は認められないが、上記の抗がんスペクトルの類似性より作用メカニズムないし標的分子には共通性があることが予測された。両剤が3種類のがん細胞にのみ奏功する原因は、奏功する細胞と奏功しない細胞の遺伝子異常の違いに起因するとの仮説のもと、遺伝子発現情報や遺伝子変異情報などのオミックスデータとの関連分析を進めた。一方、機能ゲノミクスによるアプローチとして、ゲノムワイドながん脆弱性遺伝子をスクリーニングする目的で、バーコードshRNA発現レンチウイルスライブラリーを用いた実験の条件検討を行った。具体的には、レンチウイルスベクターにコードされる蛍光タンパク質の蛍光強度を指標とした感染効率の最適化を完了した。また、次世代シーケンサーを用いたバーコード配列解析の条件検討を進めた。
2: おおむね順調に進展している
前述の通り、本研究では「一部のがん細胞に選択的に脆弱性を示すもの」をがん治療の重要な新規分子標的候補として同定することを目的としている。ケミカルジェネティクスによるアプローチとして行ったJFCR39がん細胞パネルデータのスクリーニングにより、一部のがん細胞にのみ奏功しその他の細胞には影響しない物質が予定通り得られたが、これには新規抗がん物質と既存の抗がん剤がそれぞれ含まれた。今回例に挙げた新規抗がん物質と抗がんスペクトルが類似した既存抗がん剤は、現在は特殊な白血病の治療薬として承認されているが、がん腫(ほとんどの固形がん)には奏功しないと考えられてきた。しかし、JFCR39がん細胞パネル試験では3種類のがん腫由来の細胞株にナノモーラーのオーダーで増殖抑制を示すことが初めて示された。これらの細胞株がなぜ本剤に感受性を示すか、その原因遺伝子を特定できれば、新たな有望ながん治療ターゲットとして極めて有望であるばかりでなく、その遺伝子異常をバイオマーカーとした既存薬の適応拡大にもつながり、当初の想定以上の波及効果が期待される。バーコードshRNA発現レンチウイルスライブラリーを用いた実験については、条件検討により、パイロット細胞株として用いたヒト肺がん細胞株PC-9に対して適切な効率でウイルスを感染させることに成功している。また、ピューロマイシンを用いたセレクションによりウイルス感染細胞の濃縮が確認され、用いたレンチウイルスが正しく機能していると考えられた。
ケミカルジェネティクスによるアプローチでは、一部のがん細胞にのみ奏功する物質ぞれぞれについて、奏功する細胞で共通して認められ、奏功しない細胞では認められない遺伝子異常の検索を進めている。今後は、見出した薬剤感受性と遺伝子異常の相関について、実験的に因果関係を明らかにしていく。具体的には、遺伝子変異の導入や遺伝子の過剰発現、siRNAを用いた発現ノックダウンによる方法で遺伝子異常を再現させた細胞を人工的に作製し、これらの細胞について当該物質に対する感受性変化を検討する。それに加え、見出した遺伝子異常について、COSMICなどの公的データベースを利用して、同じ遺伝子異常を持つがん細胞を検索し、そのがん細胞を入手して感受性を検証するとともに、この遺伝子異常の発生頻度を検索して、当該物質の感受性予測マーカーとなりうるかを検討する。ゲノムワイドながん脆弱性遺伝子のスクリーニングについては、まずコントロール実験としてEGFR依存的な増殖を示すヒト肺がん由来PC-9細胞株を用い、shRNAライブラリー感染後にEGFR特異的なshRNA発現ベクターを有する細胞の数が減少することをポジティブコントロールとして各種条件の最適化を行う。具体的には、ピューロマイシンによるセレクションの有無や、培養期間などの条件を変化させ、EGFRに対するshRNAに対応するバーコード配列の頻度分布変化が最も顕著に表れる条件を見出す。得られた諸条件を基に、JFCR39細胞株について順次感染実験を進め、それぞれの細胞株の増殖・生存に関わる遺伝子のスクリーニングを行う。また、当研究室で見出したゴルジ体阻害剤M-COPAのような抗がん作用機序が明らかでない薬剤について、shRNAライブラリーを導入した細胞で合成致死が起こる遺伝子のスクリーニングを進めてゆく。
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