研究課題
冬眠は、全身性の代謝抑制により低温・乾燥・飢餓といった極限環境下での長期生存を可能とする生存戦略である。恒温動物である哺乳類の中にも、10度以下まで体温を下げ冬眠する哺乳類がいる。通常の哺乳類は長時間の低体温下では臓器機能を保持できず死に至ることを鑑みると、冬眠動物の備える冬眠耐性は驚異的である。興味深いことに冬眠耐性は通年発揮されるのではなく、前冬眠期から冬眠期にかけて誘導されることがいくつかの先行研究により報告されている。しかし、これらの変化とその冬眠期特異的誘導の分子機構は殆ど不明である。そこで本研究では、冬眠可能な哺乳類であるシリアンハムスターを用いて、冬眠耐性の発現機構の解明を試みている。シリアンハムスターは、短日・寒冷環境に二ヶ月から三ヶ月以上の長期間曝露することで外界の季節に関わらず数ヶ月の冬眠を行う。わたしたちはまず安定した冬眠誘導系を確立し、冬眠誘導には体重の閾値があること、および冬眠導入までの期間には体重と正の相関があることを明らかにした(Chayama, 2016)。さらに、冬眠期と非冬眠期の個体の間で全身臓器において発現する遺伝子のプロファイリングを次世代シーケンサーを用いて行い、冬眠個体において発現が亢進または減弱する遺伝子を多数同定した。これらの成果を用いて、白色脂肪組織、褐色脂肪組織、肝臓、骨格筋等の組織における冬眠期特異的生体変化を明らかにしつつある。具体的には、白色脂肪組織で生じる脂質同化と脂質異化の同時亢進が、冬眠誘導前の前冬眠期に生じることを経時的サンプリングと遺伝子発現解析により明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
H28年度は主に以下の成果が得られた。1)シリアンハムスターの安定した冬眠誘導系を確立した。この過程で、冬眠の誘導にはある体重の閾値を下回る必要があること、体重と冬眠誘導までの期間には正の相関があること、さらに冬眠誘導前には基礎体温値の低下が認められることを見出し、論文として報告することができた(Chayama, 2016)。2)冬眠時に複数の臓器で発現が亢進または減少する遺伝子を、冬眠にともなう低体温により誘導されるものなのか、それとも冬眠特異的なものなのかを、麻酔薬による強制低体温実験等により明らかにしつつある。これらの方針で研究を進めることで、冬眠耐性の分子機構に迫れると期待される。3)冬眠期に生じる白色脂肪組織、骨格筋、肝臓における臓器変化を解析した。また、白色脂肪組織で生じる脂質同化と脂質異化の同時亢進が、冬眠誘導前の前冬眠期に生じることを経時的サンプリングと遺伝子発現解析により明らかにした。
これまでに同定した冬眠時に発現が亢進または減少する遺伝子群の発現が、冬眠にともなう低体温により誘導されるものなのか、それとも冬眠に特異的なものなのかを、麻酔薬による強制低体温実験等により明らかにしていく。また、それら遺伝子の機能を培養細胞系および個体への遺伝子導入実験を行うことで解析していく。また、冬眠期特異的組織変化の生理的意義を、電気穿孔法あるいはAAVウイルスによる遺伝子操作実験により解析していく。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 4件、 招待講演 1件)
Royal Society Open Science
巻: 13 April ページ: 160002
10.1098/rsos.160002