研究課題
ヒトは一日あたりその体重に相当する重さのATPの合成と分解を行っていると言われており、ATPとATPaseは、生物(細胞)の活動になくてはならないものである。可溶性ATPaseの中で最も豊富に存在するのが、VCPと呼ばれるATPaseで、細胞に必須の蛋白質であるがその詳細な機能はよく解っていない。我々は、このVCPのATPase活性を特異的に阻害する化合物KUS(Kyoto University Substance)を開発してきた。このKUSを作用させた細胞では、低グルコースや血清除去さらにはミトコンドリアの呼吸鎖の阻害剤処理に対して抵抗性を示し、ATPの減少が抑制されることを見いだし、VCPのATPase活性を抑制することが、ATPの有効な節約法であることを示してきた。このような背景の本、本研究では、細胞自身がVCPのATPase活性を抑制して、ATPの恒常性を調節するメカニズムがある可能性の検証とKUSを用いた疾患モデルへの介入実験を行った。その結果、HEK細胞を飢餓状態にするとVCPが繊維状の構造体に変化することでATPの消費が抑制されること、そのVCPの繊維状の構造体への変換は脂肪酸の欠乏によること、このVCPの繊維状の構造体の形成にはビメンチンが必要であること、さらに、この構造体の形成を抑制するKUSが存在することを見いだした。また、VCPのノックアウト細胞では、グルコースの取り込みが減少し、この時、GLUT 1の細胞膜への移行が抑制されていることを見いだした。一方、網膜疾患のモデルマウス及びラットに対するKUSを用いた介入実験を行った結果、KUSの投与は、網膜色素変性、緑内障、網膜中心動脈閉塞症のモデルの網膜神経細胞を細胞死から保護する活性があることが判明した。
2: おおむね順調に進展している
VCPは細胞内の主要なATPaseであり、我々が合成したVCPのATPaseの特異的な阻害剤KUSが、ストレス下でのATPの減少を抑制するというこれまでの実験結果から想定したように、細胞は、自身の対応としてVCPのATPase活性を抑制する手段を有していることが証明されつつある。その1つが飢餓時での応答で、HEK細胞ではVCPを繊維状の構造物に変換することで、ATPase活性を抑制していることが推測された。この時、GLUT-1の膜移行が阻害され、グルコースの取り込みも抑制されることが示唆された。また、別の細胞腫では、VCPが別の構造物に変換されることが判明しつつある。一方、KUSの網膜色素変性、緑内障、網膜中心動脈閉塞症への臨床治療薬の可能性も明らかになった。以上のように、本研究は、概ね順調に進展している。
平成29年度の実験結果を踏まえ、論文に必要な追加実験を行うと同時に、当初平成30年度に予定した、VCPによる細胞間のエネルギー交換の可能性の検証を行う。
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http://www.funcbiol.lif.kyoto-u.ac.jp/