研究課題
本研究では、これまで発生の形態形成・組織/器官構築に重要な役割を担うことが知られているWnt5a-Ror (Ror1, Ror2)シグナル、特にRor1, Ror2を介するシグナルが炎症、組織損傷修復やがんの進展(浸潤など)において担う役割を明らかにすることを目的としている。平成29年度の研究では、(野生型・Wnt5a, Ror2遺伝子改変)マウスを用いた大脳皮質損傷モデルおよび初代培養アストロサイト、アストロサイトA1株を用いて解析を行った。その結果、神経損傷後、bFGFにより活性化されたアストロサイトにおいて発現誘導されるRor2が、損傷に伴い産生される炎症性サイトカインによる炎症性シグナルを抑制することにより、損傷修復に寄与することが明らかになった(未発表)。次に、マウスにおける片側顎下腺管結紮モデルを用い、顎下腺炎に伴う上皮間葉転換に伴い発現が増強するRor2が上皮細胞基底膜の破壊や線維化をもたらし、炎症の遷延化をきたすことを見出した。また、カルディオトキシンを用いた片側前脛骨筋損傷モデルを用いた解析から、骨格筋損傷後、組織幹細胞である衛星細胞(SC: satellite cell)において炎症性サイトカインによりRor1の発現が増強し、SCの増殖を誘導することにより損傷修復に寄与することを明らかにした。さらに、悪性胸膜中皮腫(MPM:malignant pleural mesothelioma)の臨床検体および細胞株を用いた解析を行い、Ror1およびRor2を介するシグナルがCdc42, Racの活性化を誘導し、MPMの増殖能および浸潤能を亢進させることを明らかにした。また、肺腺がん細胞株を用いた解析から、Ror1がこれまでに知られていないシグナル経路を活性化することにより、肺腺がん細胞の浸潤能を亢進させることを見出した。
1: 当初の計画以上に進展している
平成29年度の研究により、まず前年度の神経損傷・炎症における活性化アストロサイトの研究を深化させ、Ror2を介するシグナルが、損傷に伴う炎症性サイトカインにより惹起される炎症シグナルを抑制することにより、炎症の収束・修復促進をもたらすことを明らかにすることができた(未発表)。また、新たに顎下腺炎症・線維化モデルを用いた解析を行い、炎症に伴う上皮間葉転換により発現増強されるRor2を介するシグナルが炎症において担う役割を明らかにするとともに、骨格筋損傷修復モデルを用いた解析から、炎症性サイトカインにより骨格筋の組織幹細胞であるSCにおいて発現増強されるRor1がSCの増殖をきたし、骨格筋損傷修復に寄与するという新規性の高い成果を挙げることに成功している。さらに、がんの進展(浸潤など)におけるRor1, Ror2を介するシグナル伝達の分子機構解析を行い、悪性胸膜中皮腫細胞株の増殖・浸潤におけるRor1, Ror2の重要な機能をはじめて明らかにするとともに、肺腺がん細胞株の浸潤におけるRor1の新たな機能の解明に成功した(未発表)。以上より、平成29年度の研究成果にはまだ未発表の成果が含まれるものの、それらの成果も現在論文執筆中という状況にあるため、本研究は当初の計画以上に進展していると判断される。
今後の研究においては、平成28年度、平成29年度の研究成果を踏まえて、まず神経損傷・神経炎症における活性化アストロサイトの機能に加えて、神経損傷に伴う炎症応答において重要な役割を担うもう1つのグリア細胞であるミクログリアに着目し、アストロサイト・ミクログリアの機能連関に着目し、研究を推進・展開する計画である。また、骨格筋損傷修復におけるSCでのRor1を介するシグナルの重要な機能に加えて、骨格筋の間葉系幹細胞(MSC: mesenchymal stem cell)におけるRorの機能についても予備的成果を得ているため、今後MSCに着目した解析を進めるとともに、SCとMSCの機能連関についても研究を展開したいと考えている。さらに、がんの進展(浸潤など)についての研究では、今後悪性胸膜中皮腫、肺腺がんといった呼吸器悪性腫瘍および消化管系悪性腫瘍におけるRor1およびRor2を介するシグナル伝達の分子機構解析を押し進めることにより、このシグナル系を標的とした診断・治療の可能性についても検討したいと考えている。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) (うち招待講演 2件) 備考 (1件)
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