研究課題
マウスAPOBEC3は同種由来レトロウイルスに対する生理的抵抗因子であり、系統間の遺伝子多型が宿主の感染抵抗性を決定する。我々はマウスAPOBEC3によるレトロウイルス複製阻害がデアミナーゼ活性に依存しないことを示したが、デアミナーゼ非依存性複製抑制機構の全貌は明らかでない。本研究は、マウスAPOBEC3がHIV-1のGag-Pro-Pol前駆体からのプロテアーゼ切り出しを阻害するとの我々の観察を基礎に、APOBEC3部分断片や変異体のプロテアーゼ切り出し阻害効果を比較解析して、HIV-1 Gag-Pro-Pol前駆体とマウスAPOBEC3との相互作用部位をアミノ酸残基レベルまで同定し、もって新規抗レトロウイル薬開発のシーズとすることを目標としている。平成28年度は、新たな抗HIVプロテアーゼ抗体を調製し、これによりウェスタンブロット上でGag-Pro-Pol前駆体からのプロテアーゼ切り出しの各段階を検出可能とした。また、マウスAPOBEC3のN-末端及びC-末端ドメインを単独で発現させ、HIV発現ベクターの系、または試験管内転写翻訳系でGag-Pro-Pol前駆体のプロセシングに対する影響を比較解析した。その結果、マウスAPOBEC3の全長またはC-末端側ドメインの存在下で、HIV Gag-Pro-Pol前駆体からの成熟プロテアーゼ切り出しが抑制されること、プロセシングの各段階中、マウスAPOBEC3の存在下ではp6とプロテアーゼから成る前駆体の段階で切断阻害が起こることが明らかとなった。さらに、標識APOBEC3によるプルダウンアッセイを実施した結果、マウスAPOBEC3は、既報のHIV RT及びインテグラーゼのみで無く、プロテアーゼ部分にも直接結合することが明らかとなった。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度の研究により、HIV粒子中の成熟プロテアーゼの多寡のみでなく、試験管内転写翻訳系におけるGag-Pro-Pol前駆体の自己プロセシング系を用いて、HIVプロテアーゼ切り出しに対するマウスAPOBEC3の影響を定量評価できるようになった。また、標識APOBEC3を用いたプルダウン系も確立した。その結果、マウスAPOBEC3がHIVプロテアーゼと直接結合すること、またHIVのGag-Pro-Pol前駆体からのプロテアーゼ切り出し過程を途中で制限し、特定の前駆体が蓄積することを明らかにできたのは、大きな成果であると評価する。また、マウスAPOBEC3の部分断片を発現することで、HIVプロテアーゼの切り出し阻害に有効なのは、C-末端側のドメインであることも明らかとなった。この成果により、今後マウスAPOBEC3分子C-末端側ドメイン中に、HIVプロテアーゼ切り出し阻害に有効な最少構造部位を絞り込むことが可能となる。レトロウイルスGag-PolまたはGag-Pro-Pol前駆体からの各機能性タンパク質切り出し順序は正確には知られていない。今回我々の見出したマウスAPOBEC3存在下でのp6-プロテアーゼ前駆体蓄積は、生理的な阻害因子を用いることで、前駆体プロセシング過程の中間産物を明確に検出できることを示しており、レトロウイルス複製の生理過程について、これまで解析手段が無かった新たな前駆体プロセシング機構を明らかにする機会を与えるものと言える。研究計画は順調に進んでおり、当初予定の研究期間内に目的が達成できると期待される。
今年度の研究により、マウスAPOBEC3及びその部分断片によるHIV Gag-Pro-Pol前駆体のプロセシング阻害を、中間産物の同定も含めて解析できる系が確立された。そこで、来年度は予定通り、HIV Gag-Pro-Pol前駆体、及びプロテアーゼ分子とマウスAPOBEC3との結合部位を同定する研究を進める。既に部分断片の発現により、プロセシング阻害に有効なのがC-末端側ドメインであることがわかっているので、C-末端側ドメインの更に短い断片を発現する系を構築し、阻害部位を絞り込む。また、既に確立したプルダウン系を用い、C-末端側ドメインのより短い断片とプロテアーゼの直接結合を検定する。その際、C-末端側ドメインの二次構造はわかっているので、断片化はαヘリックスを削る形で計画する。これに加え、予想される結合部位の配列を含んだ合成ペプチドを用い、全長型APOBEC3またはそのC-末端側ドメインによるプロテアーゼプロセシング阻害に対する競合実験、及び直接結合に対する競合実験を計画する。更に、Gag-Pro-Pol前駆体の自己プロセシング阻害に関して、自己二量体化の抑制を検定するため、蛍光標識Gag-Pro-Pol前駆体の発現系を構築し、FRET解析の系を立ち上げる。なお、途中経過として、マウスAPOBEC3によるマウスレトロウイルスプロテアーゼの機能阻害、及びHIVプロテアーゼの切り出し阻害に関する最初の論文を完成し、投稿する。
すべて 2017 2016 その他
すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 3件、 査読あり 4件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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