従来行われてきた脳組織全体を用いたヒストン修飾解析では神経細胞以外の細胞の情報が多いことを鑑み、神経細胞特異的なヒストン修飾方法を新たに確立する必要があった。方法の各ステップ(剖検脳の処理、固定、断片化、クロマチン免疫沈降)における条件設定を行った。 その上で確立し得た手法を用いて、まずは正常剖検脳3例から神経細胞、非神経細胞、皮質全体(バルク)由来の3種類のChIP-seqデータを抽出し解析を行った。検解析を行ったヒストン修飾領域は、当初計画より若干変更してS/Nの良いデータが取得可能であり、なおかつ遺伝子の発現と正の相関があることが知られているH3K4me3(プロモーター領域との関連がある修飾)、 H3K27ac(エンハンサー領域との関連がある修飾)を選択した。主成分分析において、神経細胞、非神経細胞のヒストン修飾は、バルク脳からの解析とも異なる結果を得ることができたため、神経細胞特異的なヒストン修飾解析には大きな意義があることが示された。また、Gene Ontology解析の結果からも、本手法でえられた結果には神経細胞由来の情報が濃縮されていることも示された。次に、前年度に確立した手法を用いて、AD 20例(Braak Stage V-VI、 平均年齢81歳)とNC 20例(平均年齢 79歳)の剖検脳から神経細胞特異的なヒストン修飾解析を行った。得られたヒストン修飾情報をAD群とNC群とで群間比較を行った結果、AD関連遺伝子をコードする遺伝子の転写開始点においてAD群でH3K4me3修飾量の有意な低下を認めた。この結果は、AD関連遺伝子の脳内神経細胞における転写低下を示すものであり、ADの脳内に蓄積するAβの代謝低下の本質に対する解答を実際の剖検脳を用いて示し得た初のデータである。
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