研究課題
本研究では、マウス胎仔期から乳仔期の肝臓におけるFGF21遺伝子発現のDNAメチル化によるエピゲノム記憶と成獣期における機能的意義を検討した。周産期の母獣にPPARα人工リガンド(Wy)を投与し、産仔(Wy群)と対照群の肝臓におけるFGF21遺伝子のDNAメチル化の経時的変化をバイサルファイトシークエンス法を用いて解析した。成獣期の肝臓におけるFGF21遺伝子発現と血中FGF21濃度を経時的に測定し、高脂肪食負荷における糖脂質代謝に関する表現型を両群において比較した。Wy群は対照群と比較して乳仔期におけるFGF21遺伝子のDNA脱メチル化促進が認められ、DNAメチル化状態は成獣期まで記憶・維持された(エピゲノム記憶)。PPARα欠損マウスでは成獣期まで一貫してDNA脱メチル化は生じなかったが、成獣期においてFGF21遺伝子発現と血中濃度に両群間で有意差は認められなかった。Wy単回投与や絶食によるPPARα活性化状態では、Wy群でFGF21遺伝子発現と血中濃度の有意な増加が認められた。興味深いことに、高脂肪食負荷においてもWy群と対照群のDNAメチル化状態の差異は維持されており、DNA脱メチル化が促進しているWy群では対照群と比較して、FGF21遺伝子発現の増加と血中FGF21濃度の有意な上昇が認められた。Wy群の摂食量は対照群と有意な差はないものの、体重減少と寒冷刺激における熱産生、白色脂肪組織量の低下とともに脂肪分解に関与する遺伝子群の発現上昇が認められた。これらの代謝表現型はFGF21欠損マウスでは有意にキャンセルされていた。以上により、乳仔期までに確立したFGF21遺伝子のDNAメチル化状態がエピゲノム記憶され、成獣期における遺伝子発現応答性を規定すること、これにより肝臓における産生が亢進したFGF21が高脂肪食誘導性肥満の改善に関連することが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初の研究計画に従って、FGF21をプロトタイプとしてDNAメチル化が担うエピゲノム記憶の機能的意義を個体レベルにおいて検証することができ、高脂肪食負荷に対する肥満における病態生理的意義を明らかにした。本研究成果は平成29年度末に論文発表することができ、多くのマスコミ報道でも取り上げられた(X. Yuan et al. Epigenetic modulation of fibroblast growth factor 21 in the perinatal mouse liver is associated with the attenuation of diet-induced obesity in adulthood. Nat. Commun. 9: e636, 2018)。
本研究では、転写抑制に関与することが知られているDNAメチル化状態が少なくても個体レベルでは定常状態の恒常的な遺伝子発現レベルには影響しないものの、外的環境要因(成獣期のWy単回投与あるいは高脂肪食負荷)に対する遺伝子発現の反応性を規定することが明らかになった。エピゲノム記憶の最も難しい点は、時空間的に離れた胎児期~新生児期のエピゲノム変化と成人期の表現型の因果関係の検証であるが、今後は、DNAメチル化状態により担われるエピゲノム記憶の機能的意義の分子機構を明らかにするために、個体レベルでは転写調節因子複合体の同定とともに、培養細胞を用いるin vitroの検証実験により、恒常的な遺伝子発現レベルや外的環境要因依存的な転写制御におけるDNAメチル化状態の機能的意義をより直接的に解析したい。胎仔期~新生仔期の肝臓では、脂質代謝経路のみならず糖代謝関連経路もダイナミックに変化することが知られている。研究代表者らは最近、肝臓糖代謝関連酵素群のプロモーター領域のDNAメチル化状態が大きく変化することを予備的に見出した。今後、糖代謝関連経路のDNAメチル化のエピゲノム記憶の可能性と成獣期における病態生理的意義を解析し、脂質代謝と糖代謝のエピゲノム記憶の相互制御機構の可能性を探っていきたい。
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