研究課題/領域番号 |
16H05428
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研究機関 | 久留米大学 |
研究代表者 |
青木 浩樹 久留米大学, 循環器病研究所, 教授 (60322244)
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研究分担者 |
田中 啓之 久留米大学, 医学部, 教授 (70197466)
大野 聡子 久留米大学, 医学部, 助教 (80569418)
古荘 文 久留米大学, 医学部, 助教 (80597427)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 大動脈解離 / 細胞外マトリックス / 炎症 |
研究実績の概要 |
大動脈解離は致死的な成人大動脈疾患であり、中高年男性に好発し突然死を来すため社会的影響が大きい。解離の分子病態は不明で、発症を予測することはできない。一旦発症すると安静と降圧以外の内科的治療法はない。スタンフォードA型では外科手術が行われるが、多くは遠位部解離が残存する。A型術後およびB型のいずれでも、解離大動脈壁の破壊進行による合併症が予後を増悪させるが、積極的な治療法はない。この現状を打開するためには、大動脈解離の発症と進行を再現する動物モデルが必要である。申請者らは、野生型マウスにエラスチン・コラーゲン架橋阻害薬(BAPN)とアンジオテンシンII(AngII)を投与することにより、解離を発症し2週間の経過で進行増悪するモデルを開発した。解離モデルの解析から、解離発症前の大動脈壁ではIGF-1およびAktが活性化することが示された。IGF-1/Akt下流のmTOR系は栄養状態とエネルギー代謝を感知し、タンパク代謝調節を介して細胞形質を制御する分子経路である。驚くべきことに、選択的mTOR阻害薬ラパマイシンは大動脈解離を完全に阻止した。本研究では、βアミノプロピオニトリル(BAPN)とアンジオテンシンIIを持続的に投与し、2週間の経過で解離を発症するマウスモデルにおいて発症経過の詳細な分子解析を実施した。また、解離病態の中心と目される炎症病態について、ヒト大動脈解離組織において蛍光免疫染色と定量的細胞画像解析手法により検討した。本研究では、発症時におけるmTOR系の役割解明により病態の本質に迫る。mTOR系の制御機構を解明することで、より有効で副作用が少ない治療戦略の開発を可能にする。既に多くのmTOR作動薬が臨床で使用中または開発中であり、mTOR系への介入による大動脈壁安定化など革新的な治療法への発展が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マウス解離モデルにおいて、発症に先立って起こる1,221遺伝子の発現変化について、トランスクリプトーム解析データからベイジアンネットワークに基づく発現制御ネットワークを同定した。ネットワークでは細胞周期、炎症関連、細胞遊走、筋細胞分化に関わる遺伝子群が、それぞれ発現クラスターを形成することを見出した。解離刺激は細胞周期、炎症関連遺伝子発現を促進し、細胞遊走、筋細胞分化に関わる遺伝子群を抑制した。mTOR阻害薬であるラパマイシンは細胞周期関連遺伝子群の増加を抑制し細胞遊走、筋細胞分化関連遺伝子をさらに抑制する一方、炎症応答には大きな影響を与えなかった。 ヒト解離組織において、炎症応答を司るNFkBとSTAT3の活性を定量的細胞画像解析手法により検討した。NFkBは解離の有無にかかわらず内膜側で高い活性を示したが、STAT3は解離部と非解離部の境界領域におてい外膜側で高い活性を示した。そのため、NFkB活性とSTAT3活性の双方が高い細胞は中膜外側に多く認められた。偽腔開存型(偽腔内に血栓を認めない)組織では特に中膜のNFkB/STAT3活性が高かった。近年、NFkBとSTAT3が相互に活性化するポジティブ・フィードバック機構である「炎症アンプ」の概念が提唱されている。偽腔開存型解離では炎症アンプの作用で過剰な炎症応答が惹起されることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
マウス解離モデルにおけるトランスクリプトーム・ネットワーク解析の結果は、細胞増殖、細胞接着、筋肉細胞分化が解離病態の根幹であるという予想外の可能性を示唆する。この結果は、炎症を中心とする現在の解離病態理解のパラダイムを変える可能性があり、さらに分子病態を追求する。解離好発部位における細胞の増殖、接着、分化の空間的相関からこれらの関連の具体像を追求する。mTOR作動薬投与により病態に介入することで、mTORを中心とした病態制御機構の解明を進める。マウス解離モデルにおいてラパマイシンは劇的な解離発症阻止効果を示すが、臨床的には解離に対する予防投与は現実的ではない。解離の経過を観察することが可能なマウスモデルを用いて、発症後にラパマイシンを含むmTOR作動薬を投与し、その効果を検討する。解離刺激およびmTOR作動薬による介入の有無における大動脈壁の機械特性の変化を、血管強度測定装置および超音波による血管ストレイン解析から明らかにする。 ヒト解離組織においてmTOR系の活性を組織染色で解析する。マウス解離モデル解析から同定される解離制御因子(細胞増殖、接着、分化に関わる因子)の挙動を明らかにし、mTOR作動薬による介入による変化を明らかにする。 マクロファージおよび血管平滑筋細胞の伸展培養系において、同様に解離制御因子の挙動を明らかにし、mTOR作動薬による介入による変化を明らかにすることで解離病態の本質に迫る。
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