研究課題
顎顔面領域など、上皮・間葉相互作用による転写カスケードに発生を依存する組織の発生過程には多くの転写因子と下流遺伝子が関与し、それらの異常から様々な疾患が生じる。このような疾患原因遺伝子のin vivoでの機能的意義付けには従来KOマウスによる遺伝子無効化が用いられてきたが、臨床症例で認める変異は常に機能の完全喪失には直結せず、構造―機能相関が症例毎の疾患表現型の多様性に繋がる可能性がある。本研究では、歯の発生初期に発現する疾患関連転写因子に焦点を絞り、ゲノム編集技術を駆使して、ドメイン単位での機能喪失と表現型スペクトラムとの関連を中間表現型である遺伝子発現プロファイル変化を介して詳細に解明するin vivo 分子機能アノテーションを行うことで、各遺伝子ならびに疾患病態の分子的理解を深化させるとともに、これに基づく個別化医療の実現を目的として研究を進めている。Msx1は歯の発生初期に非常に重要で、古くから多数歯欠損症の原因遺伝子として知られている遺伝子であり、その各機能ドメインもよく研究されてきた。しかし、それらはすべてin vitroレベルであり、in vivoにおける解析は技術ならびに費用の問題も大きく立ちはだかっていたこともあり、ほぼ全くなされてこなかった。しかし、近年開発され発展著しいゲノム編集技術により、これらの問題が大きく改善された。そこで、我々はマウスを対象に、in vivoレベルにおけるMsx1遺伝子各ドメインの機能解析を行ってきた。その結果、ホメオドメインより下流のMH5、MH6ドメインが歯牙形成に重要であることを見出した。
2: おおむね順調に進展している
Msxl遺伝子は、MH1N、MH1C、MH2、MH3、MH4、MH5、MH6の7つの機能領域を有している。そこで、まずホメオドメインであるMH4より下流に位置している。MH5ならびにMH6の破壊を目的とし、当該領域にgRNAを設計し、CRISPR/Casシステムをマウス受精卵に適用した。手順としては、gRNAとCas9 mRNA/タンパクをマウス受精卵にマイクロインジェクション法もしくはエレクトロポレーション法により導入後、仮親に卵管移植した。得られたファウンダーマウスを野生型マウスと交配させるとで、様々な変異を持つヘテロ接合体が得られ、そのうち、目的の領域にフレームシフト/ナンセンス変異もたらすマウスを選択し、株化した。その結果、それぞれのヘテロ接合体は、野生型と比較し異なる表現型を示さなかったが、ホモ接合体では以下のような表現型を示した。すなわち、MH6欠失ホモ接合体では、上顎第3臼歯、下顎第2・第3臼歯ならびに下顎切歯の欠損を示し、一部では口蓋裂も併発した。MH5欠失ホモ接合体では上下顎第3臼歯の欠失ならびに上顎の劣成長を示した。また、MH5/MH6両ドメイン欠失ホモ接合体は、MH6欠失ホモ接合体と同様の表現型を示したり、一部では下顎臼歯を全て欠損する表現型も見られた。また、第1臼歯よりRNAを抽出し、歯の発生に関与するShhやWntシグナルをreal-time PCRにより定量解析したところ、それそれで野生型と比較し、発現抑制ならびに亢進が認められた。これらのことより、MH5、MH6とも歯の発生に非常に重要な機能を有するドメインであることが示された。
これまで、Msx1遺伝子C末端領域であるMH5/MH6ドメイン欠失変異体マウス作製を行ってきており、その各々において、ホメオドメインを欠失させた従来のノックアウトマウスとは異なる表現型が確認され、Msx1遺伝子のその他の領域のin vivoでの機能解析を継続するべき重要性がますます示唆された。そこで、今後はホメオドメインより上流のドメイン(MH1、NMH1C、MH2、MH3)の各領域を欠失させた変異マウスの作製を引き続き試みる。これらを行うに当たっては、in-frame変異を生じさせるためのssODNの共導入は不可欠である。マウス作製後に表現型解析を行う。また、これら変異マウスにおける歯の発生過程での他の重要な遺伝子発現変化も検証する。一方で、過去に報告のあるものの、疾患関連変異か多型か不明な点突然変異の検証も、同様にssODNを共導入するノックインマウスの作製を通じて検証していく。また、MH6ドメイン欠損マウスの第1臼歯歯胚において、歯の発生に関与する遺伝子発現様相が変化していたので、RNAシーケンスにより網羅的に発現解析を行い、変化の見られる遺伝子に関して、さらにゲノム編集技術により遺伝子破壊を行い、その表現型解析を行う。
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