研究課題/領域番号 |
16H05656
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
中沢 隆 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (30175492)
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研究分担者 |
三方 裕司 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (10252826)
鈴木 孝仁 奈良女子大学, なし, 名誉教授 (60144135)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | タンパク質考古学 / 質量分析 / アミノ酸配列解析 / 古代文明 / 西アジア / エジプト / コラーゲン / 古代技術 |
研究実績の概要 |
本研究は、考古学資料に残存するタンパク質のアミノ酸配列分析とその劣化状況の解析によって、当該資料の原料、産地、年代などの特定を行うことを目的としている。このような手法に基づく学問分野を研究代表者は「タンパク質考古学」と名付けた。自然環境の中でほとんどのタンパク質は急速に分解され、残存することが期待されるタンパク質は、コラーゲン(骨および皮革、革から製造する膠、ゼラチン)、 ケラチン(毛、角、鼈甲)、フィブロイン(絹)などに限られるが、それらはいずれも古代の文化・文明、技術に深く関わっている。資料は全世界に分布し、日本国内のみで研究を展開することはできないので、本研究では東アジアからエジプトに至る古代の遺跡から発掘された遺物中のタンパク質を幅広く収集し、それらの分析結果から古代技術の地域的発展とその伝搬を探ることを計画した。 研究計画の海外学術調査は、試料のタンパク質分析は国内の奈良女子大学で行うため、海外での発掘調査を行うための渡航は必要はなく、その代わりに国外でそれぞれ独自の方法論を持つ英国マンチェスター大学のMike Buckley 博士(ZooMS と名付けられた質量分析法による動物種の同定や系統調査)や、アメリカ・ジョージワシントン大学のMehdi Moini 博士(キャピラリー電気泳動・質量分析法によって測定したタンパク質中のアミノ酸のラセミ化率をもとにした年代測定法)と共通の考古学試料(動物骨)について分析をする。平成28年度の研究実績は、主にイラン、レバノンの約7000年から8000年前の人骨について行った分析により、コラーゲンの残存状態に年代に依存した分解パターンが、8千万年前の恐竜の骨のコラーゲンと類似していることの発見がある。このコラーゲンの共通した分解パターンには、コラーゲンに特有の三重鎖構造が密接に関係していることが原因として考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画のうち、海外の研究者とのネットワーク形成は順調に進んでいる。特に英国マンチェスター大学のMike Buckley博士とは、本研究経費で参加した第64回アメリカ質量分析学会(ASMS;サン・アントニオ、6月)で偶然話し合う機会が得られ、さらに8月末の国際考古学学会(京都)で来日したBuckely博士と奈良女子大学において今後の共同研究の打ち合わせができた。その結果、平成29年度中に研究代表者(中沢)またはその共同研究者がマンチェスターにおいて古代の人骨試料について共同研究を実施することとした。 また、研究分担者(三方)はに8th Asian Biological Inorganic Chemistry Conference(オークランド、12月)のためニュージーランドを訪問した際、人類学の研究者であるJudith Littleton 教授と、オセアニア地区における古代の骨に関する研究協力について話し合い、平成29年度にも再訪することとした。 ジョージ・ワシントン大学(ワシントンDC)のMehdi Moini 博士との共同研究は、筑波大学の常木教授からのレバノンの人骨(6800年前)と、名古屋大学博物館の門脇講師から依頼されたイランのガゼルの骨(8000年前)について進行中である。その成果の一部は平成29年6月の65th ASMS(インディアナポリス)でポスター発表を予定している(採択決定済み)。 予定外の国際共同研究は1件、NPO法人「太陽の船復元研究所(所長・東日本国際大学・吉村作治学長)」の依頼で行った、エジプト、アラブ共和国において約4500年前のクフ王第二の船プロジェクト出土試料の分析がある。具体的には計8点の試料から船の復元に必要な何らかのタンパク質の存在の有無を調査することであったが、現在までに少なくともコラーゲンの使用はほぼなかったと結論づけられる。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画は、中央から東ヨーロッパにかけての地域でのネットワーク作りが遅れている反面、当初の計画になかった大規模な共同研究が新たに加わったため、全体的にはほぼ予定通りに進行していると判断できる。新たに加わった共同研究の中で最大のものは、平成29年度から公募研究で採択された科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)に関わる「旧石器時代の動物骨に関するタンパク質考古学的研究」(17H05130)が挙げられる。アジア新人文化形成プロセスの総合的研究を掲げる「パレオアジア文化史学」の新領域において、イラン、レバノンやヨルダンなどの西アジアから中東にかけての地域で発掘された多種、多様な骨試料の分析を行う予定である、したがって、今後特に共同研究のネットワークを拡大する必要はなくなり、その代わりに現在のネットワーク間の連携を強化・活用し、その研究内容の充実を図りたい。研究の面では骨試料のコラーゲンやその他人類が利用してきた生物資源(例えば羊毛のケラチンや絹のフィブロインなど)の質量分析による生物種の正確かつ迅速な同定方法の開発や、タンパク質の環境条件による劣化・分解機構の研究を行う。これらの研究の面で、Mike Buckley博士やMehdi Moini博士ら、海外の研究者との共同研究を活用して、考古学的タンパク質試料の多面的な分析研究を展開する。既に計画段階で進行中の分析と同時並行で分析が必要となるため、研究代表者の研究室で研究を実施している学生や院生では年間に取扱える試料の量が限られるという問題点が生じた。そこで、外部の研究機関の研究者に「タンパク質考古学」の研究手法を講習会やセミナーで公開し、方法の普及を図る。研究分担者の三方は、新規に開発した蛍光センサー(三方・研究業績参照)を用いて、考古遺物中の亜鉛およびリン酸イオンとの錯体形成による高感度検出に取り組む。
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