研究課題/領域番号 |
16H05656
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
中沢 隆 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (30175492)
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研究分担者 |
三方 裕司 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (10252826)
小林 祐次 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), その他 (20127228)
河原 一樹 大阪大学, 薬学研究科, 助教 (60585058)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | タンパク質考古学 / コラーゲン / 動物骨 / 質量分析 / アミノ酸配列解析 / 新石器時代 / 旧石器時代 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、主に西アジア地域の発掘調査で採集された動物骨のコラーゲンのアミノ酸配列解析を行った。アゼルバイジャンのギョイ・テペ およびハッジ・エラムハンル・テペで発掘された新石器時代(6000-5500 BC)のヒツジまたはヤギの骨についての研究では、コラーゲンのアミノ酸配列解析の結果を形態観察とミトコンドリア(mt)DNAによる予備的な同定の結果と比較した。資料の一部で形態観察とmtDNA 解析で異なる結果が得られていたが、アミノ酸配列解析の結果は形態観察の結果を支持した。また、小さすぎて形態観察が不可能であった資料の破片についても、質量分析によるアミノ酸配列解析でヒツジとヤギを区別することができた。これは、今回のおよそ10個に及ぶ一連の骨資料の分析で、ヒツジに特異的な配列AGEVGPPGPPGPAGEK(α1鎖918-933残基)を持つペプチドと、ヒツジとヤギで2残基が異なるα2鎖934-966残基のペプチド(ヒツジではウシおよびブタと一致し、ヤギではシカと一致する)が確認できたためである。コラーゲンの質量分析とmtDNAの塩基配列解析と異なる結果を得た原因として、種の判定に使うmtDNAの塩基配列が同一の動物種の中でも異なるために必ずしも動物種を正確に反映せず、互いに似通ったヒツジとヤギのmtDNAが増幅の過程で混同される可能性もあることなどが考えられる。このように、質量分析によるアミノ酸配列解析が動物骨の種の判別に極めて有用な手段であることを示した。 このほか、イランのムシュキ遺跡(6000 BC)のガゼルの骨を分析し、同じウシ科のウシとは異なるアミノ酸配列をもつペプチドを発見した。また、同じイランのサンゲ・チャハマック遺跡(6600-5600 BC)から出土したヒトの骨では、コラーゲンの配列中に現代人と異なる1箇所のアミノ酸残基の置換を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
計画当初は、古代の動物骨や皮革から抽出した膠のコラーゲンを対象として、質量分析によるアミノ酸配列解析を行い、動物種を同定する、および同定するための新しい方法を開発することが目的であった。昨年度から共同研究として始めた旧石器時代から新石器時代にかけての動物骨の種を同定するための研究で、I型コラーゲンのα1鎖とα2鎖の全2000残基におよぶ配列中、わずか4残基のみが異なるヤギとヒツジを区別する必要が生じた。形態観察の結果、既にヤギまたはヒツジであることがほぼ確実な資料とともに、小さな破片状で形態からは判別できない資料まで、通常の質量分析法にペプチドの末端アミノ酸の化学的標識法を駆使した結果、問題の4残基中3残基を含むペプチドが検出できたため、すべての資料の動物種の判定に成功した。このほか、同様な手法により、考古学資料でしばしば問題となる同一種に属するウシ、シカ、ガゼルのコラーゲンについても、いくつかのマーカーとなるペプチドを検出することができた。これらの成果により、約1万年前の動物骨については形態からの種の判定が不可能で、DNAが完全に失われた資料でも、コラーゲンが残存していれば、質量分析によって動物種の判定が可能であることを実証した。この点において、本研究が「当初の計画以上に進展している」と判断した。 一方、海外の研究者との研究協力も計画以上の進展が見られた。すなわち、平成29年度から研究分担者に加わった小林祐次・大阪大学工学部招聘教授の仲介により、フィレンツェ大学(イタリア)のAnna Maria Pappini教授、Emiliano Carretti博士らとの共同研究が始まり、ヨーロッパの人骨2種(4000 BCと400 AC)や、ルネッサンス期の絵画片(シエナの“Dossale di Brenna”)のコラーゲン分析に取り組んでいる。資料の年代と地域が広がったのである。
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今後の研究の推進方策 |
現在までに海外からのタンパク質を含む考古学資料は数だけでなく年代や地域についても予想以上の広い範囲で集まっている。また、これまでの膠や骨などのコラーゲンに加えて歯や革紐など、新しく試料調製法を確立することが必要となった。このような研究を展開する地域と年代の広がりに対応するために、今後は当初の計画の一つである「コラーゲンの経年劣化機構の解明」を次年度以降に延期して、より緊急を要する旧石器時代から新石器時代にかけての非常に年代の古い資料中のコラーゲンの分析に研究を集中したい。その結果がある程度集積した段階で、再び「コラーゲンの経年劣化機構の解明」を再開すれば、当初の計画よりも多くのデータをもとに詳細な議論が可能となると期待される。 一方、資料の数量の増大に伴って、分析が困難な年代の古い(1万年以上前の動物骨や極端にコラーゲンの含有量が少ない壁画片など)も増えている。このような困難に対応するために、分析方法の改善と新たな実験方法の開発は、当初の計画通り進めなければならない。具体的には質量分析の感度向上のためのペプチドの化学修飾法と、コラーゲン試料の考古学資料からの効率的な抽出法、さらにコラーゲンに特有の問題である、質量が113 Daと等しいヒドロキシプロリンとロイシン、イソロイシンを化学的に区別するための方法の開発を進めたい。 これらの研究を推進するためには海外の研究者との連絡調整が欠かせない。むしろ「海外学術調査」研究である本研究課題は、本来、海外の研究者と緊密な連携のもとに資料を世界規模で収集し、さらに最新の分析技術についての情報交換することは、本研究を推進するための基本的な方策である。そのために、今後も海外の研究者との共同研究のネットワークを拡大し、より広い年代と地域にまたがるスケールで古代の文明や文化をタンパク質を指標として解明する研究を進めたい。
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