本研究は、植民地状況での先住民の暴力的経験と、それに対する主流社会による謝罪と和解という問題を、先住民による「語り」から考察することを目的とした。研究代表者が長年調査を行ってきた人々を対象に、先住民の語りを改めて聞き取ってきた。それによって本質化され、癒しのツールとして使われる歴史的「語り」と、一方で、具体的で多様な個別の経験であり続ける「自分語り」という、「語り」の二面性を明らかにしてきた。その上で、歴史経験についての「語り」が持つ力、その主流社会と先住民社会の双方への社会的影響力、個々の先の人々にとっての語りのもつ意味を考察した。申請者の調査地では、20世紀 半ばに植民地統治が始まった。この時代を記憶している人々が老齢化する中で、語りの多様性と均質性という問題の考察とともに、貴重な彼らの立場からの歴史的経験の記録となった。 最終年度である本年は、2019年に死亡したメインのインフォーマントの子供世代に聞き取りを補足的に行った。死亡女性への聞き取りはすでに終えており、同世代の親類の女性たちの語りを重ねて整理した。そこに子供世代の語りを重ねたことより、家族の歴史語りとして、まとめることができた。ただし、とりまとめとして計画していた国際研究集会は、コロナの影響が続く中で、日本の水際対策の厳しさや、それぞれの大学の方針によって、研究協力者の来日が難しく、実現できなかった。そのかわり、個々の協力者とオンラインでの研究集会を複数回繰り替えし、それに基づき論文を提出してもらうことにした。これらの議論と論文をまとめたものを2023年度に出版予定である。一方で、国内の歴史学研究者や国際政治学者と、紛争や国家的暴力の歴史記憶をめぐる議論を重ね、研究の展開の見通しも立っている。先住民であるアボリジニの立場からの歴史的経験についての成果は、調査地への還元とする予定であり、作業中である。
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