研究課題/領域番号 |
16H05773
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
幸田 正典 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (70192052)
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研究分担者 |
堀 道雄 京都大学, 理学研究科, 名誉教授 (40112552)
太田 和孝 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特任助教 (50527900)
高橋 鉄美 兵庫県立大学, 自然・環境科学研究所, 教授 (70432359)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 協同繁殖 / 単系統群 / カワスズメ科魚類 / 社会的認知能力 / 顔認知 / 顔認知の倒立効果 / 個体識別 / 縄張り維持での紳士協定 |
研究実績の概要 |
初年度は、のべ6名の日本人研究者(幸田、佐藤、高橋、堀、太田、田中)を現地に派遣し、タンガニイカ湖沿岸域での野外調査を実施した。これら研究の一部は、スイス国ベルン大学との共同研究である。大きく、ランプロロギ二族の協同繁殖を含む社会進化と生態的進化要因の探索、もう一つの大きなテーマとして協同繁殖魚の社会的認知能力の解明を現地の室内実験にて、現地で採集した魚類を対象に実施した。 昨年度の現地調査から、本族魚類約80種のうちおよそ25種類が血縁、非血縁ヘルパーを伴なう協同繁殖魚であることが明らかになってきた。また、現在作成中の次世代シークエンサーによる詳細な系統樹から、協同繁殖はシクリッドで少なくとも5回独立に進化してきたこと、種間比較から血縁ヘルパーを伴う共同繁殖では体サイズの小型化と捕食圧が魚類の協同繁殖進化に大きく関わっている可能性が、さらに、非血縁ヘルパーが中心となる共同的一妻多夫型の協同繁殖はその魚のサイズが大きい傾向も世界に先駆けて明らかになりつつある。また、社会進化を考えるために非協同繁殖種の詳細な社会動態の解明もはじめた。 最も詳しく研究されている協同繁殖魚プルチャーを用いた認知研究でも大きな成果が上がった。本種は個体毎に異なる顔の色彩模様によって個体識別しているが、その際、各個体はまず最初に相手の顔を見ていることが明らかになった。この顔を見ることは類人猿やサル、社会性ほ乳類で知られているが、それ以外の脊椎動物でははじめてである。さらに、顔認識における「顔の倒立効果」がヒトや霊長類で知られているが、同様の倒立効果が魚類ではじめて確認できた。さらに、本種の縄張り維持の紳士協定において、Tit for Tat 型の条件戦略があてはまることもほぼ検証できた。これらの成果は、Behaviour 2017(国際動物行動学会)で、発表し、同時になるべく早く論文発表する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の現地調査から、タンガニイカ湖の単系統のランプロロギ二族魚類約80種のうちおよそ25種類が血縁、非血縁ヘルパーを伴なう協同繁殖魚であることが明らかにすることができた。協同繁殖はシクリッドで少なくとも5回独立に進化してきたことが明らかにできた。これにより、どのような生態的特徴を持つ種で協同繁殖が進化したのかの解明を進めることができる。これらの成果から、まさに脊椎動物での社会進化のモデル生物と言える存在であることが一層明瞭になった。本年度以降は鳥類やほ乳類との比較検討を行なう段階に達した。非血縁ヘルパーが中心となる共同的一妻多夫型の協同繁殖はその魚のサイズが大きい傾向も世界に先駆けて明らかになりつつある。つまり、この2タイプの進化要因はまったく異なることが考えられ、進化要因の解明は今後の大きな研究課題である。 協同繁殖魚プルチャーを用いた認知研究の成果も大きい。本種は顔認識をする際に相手の顔を見ていることが明らかになったし、魚類でははじめての成果である。さらに、顔認識における「顔の倒立効果」がヒトや霊長類で知られているが、同様の倒立効果が魚類ではじめて確認できた。これらの成果は、脊椎動物の個体認識の神経基盤が、実は魚類段階ですでに確立していた可能性を示唆するものであり、その発見の意義は極めて大きいと言わざるを得ない。 また、縄張り維持の紳士協定がTit for tat戦略であることをはじめて明らかにできた成果も大きい。その成果は、互恵的利他行動に基づく可能性を考える成果もではじめており、今後の展開は注目に値するものとなる。また、協同繁殖種プルチャーを用いた共感性に関する実験では、魚類での救援行動という予想以上の成果が得られた。 いずれの成果も本年度の研究でさらに大きく展開することができ、その意味で本課題研究は、概ね順調に進展しているあるいは、それ以上の進展と言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の進め方は、大きくは現地での野外調査を実施して行くことと、現地での水槽実験を実施して行くことで進めて行く。協同繁殖魚類については、概ね25種が協同繁殖と見なすことができたが、その約半数の魚種では実証研究がさらに必要でありできるだけ多くの魚種で実施して行く。非血縁ヘルパーの協同的一妻多夫魚の代表格であるカリノクロミスは我々日本人研究者しか調査しておらず、調査の継続と昨年までの資料に基づく成果公表を急ぐ。 社会的認知研究は、協同繁殖魚を対象にさらに展開して行く。顔認識の課題に関しては、チンパンジーのように顔の中でも眼に注目している可能性が高いと思われ、その点について特に注目して実験をして行く。霊長類では一昨年協同繁殖(母親以外の個体による子どもの保育)と共感性について報告が出された。魚類での共感性の研究は世界的にもこれまでまったくないが、昨年の予備研究から、霊長類でしられる援助行動が協同繁殖魚種で確認された。その認知的メカニズムは不明であるが、詳細な観察から、認知によることはほぼ間違いなく、その解明のもたらす意義は極めて大きい。また、このプルチャーではなわばりの紳士協定で、条件付き戦略が確認され、さらに互恵的利他行動の可能性も確認している。今後はこれがこの利他行動であることを、室内および野外実験により検証して行く。現在、動物の互恵的利他行動の確認例が少ないことから、この利他行動の一般性について議論されている。魚類の紳士協定は広く知られており、もし本種のそれが互恵的利他行動であることが確認されれば、脊椎動物の互恵的利他行動の事例が一気に増えることになり、行動生態学にもたらす影響は極めて大きい。 また、魚類の顔認知に関する研究も、霊長類との類似性がさらに明らかになると予想され、今後は野外研究と同時に神経基盤の解明も視野にいれた研究の展開を目指して行きたい。
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