研究課題
本研究では世界でも最も風化作用が活発なヒマラヤ水系の最下流部の河川水(すなわち全集水域で起こる風化反応の積分値)と地下水を調査対象として、岩石の主要構成元素のうち安定同位体比をもっているMg,Ca,Sr,Siに着目し、各元素の安定同位体比からケイ酸塩風化,炭酸塩風化,二次鉱物の生成など陸域で起こる化学風化作用の履歴を読み解くものである。環境水試料の高精度同位体分析ではイオン交換樹脂やキレート樹脂を用いた手作業による分離操作が一般的であった。一方で天然試料は多様な有機・無機化合物が混在しているため複数段階の分離操作を伴う場合が多く、より高度な分離手法の確立が必須である。そこで迅速・安定・高純度の元素単離技術を実現すべく、2種類の液体クロマトグラフ装置を組み合わせた精製手法の開発に取り組んだ。メトローム社 930 Compact IC Flex イオンクロマトグラフならびにアジレント社1260 Infinity II 液体クロマトグラフを購入し,塩素を含む各種陰イオンならびに陽イオンの自動単離精製システムを構築した。単離試料は多重検出器型誘導結合プラズマ質量分析装置(MC-ICP-MS)と元素分析/同位体質量分析装置(EA/IR-MS)によって各種同位体比を測定し,十分な精度・確度を達成されたことを確認した。一回の分離操作で複数種の元素を自動分離できるこれまでにない手法の開発に成功した。本成果は投稿準備中である。また、実際の河川水・地下水試料のSr安定同位体比、Ca安定同位体比を測定したほか、基礎情報となる酸素・水素同位体比同位体比の結果も得られている。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は、(1)世界で最も充実したヒマラヤ水系下流域のサンプルセット、(2)イオンクロによる同位体測定の自動前処理法の開発、(3)多重検出器を搭載した誘導結合プラズマ質量分析計と表面電離型質量分析計を駆使したマルチ安定同位体指標アプローチ、の三つを柱とする。本年度は2種類の性質の異なる液体クロマトグラフ装置を組み合わせることで(2)の自動前処理法の開発に成功した。水試料のみでなく岩石試料や生体有機化合物への応用も行えることを確認しており、また関連課題のイオン濃度の測定に用いるなど当初の計画よりも波及効果が大きかった。装置は導入後2ヶ月で一度大きな故障があったものの、メーカーと協力して二週間程度で復旧することができた。ヒマラヤ地域の河川水・地下水試料についても一部試料ではすでに新同位体指標のデータを得ており、海洋の化学風化フラックスの復元計算に用いるなど順調に推移している。今後はすべての試料で同位体比の測定を実施予定である。本年度は共同研究者とカンボジアのメコン川で河川水の詳細なサンプリング調査を行った。また、日本国内の比較的小規模で単一の地質からなる河川・湖沼で河川水・地下水や熱水(温泉水)を採取した。周辺の岩石試料も得ており、溶存イオンの起源の推定に用いる。
H28年度で手法は確立したため、今後は実際の水試料の分析に重点を置き、メインテーマである陸水のマルチ同位体研究の完成を目指す。継続的に運用できるように購入した装置の保守に努めるほか、測定手法の結果を英文国際誌に出版すること、ならびにSr安定同位体比、Ca安定同位体比それぞれの結果の投稿準備を進めることを年度内の達成目標とする。日本国内の試料採取を継続するほか、室内実験によって鉱物沈殿やイオン交換時の同位体分別データを取得するサブテーマの実験のデザインを確定させ、来年度以降の本格的な実施に向けた基礎実験を開始する。溶存イオン、栄養塩、溶存炭酸種の基礎データに加えてSr、Ca同位体比の一部は測定済みであるが、全試料を対象に複数の同位体トレーサーから化学風化時に起こる素過程を総合的に議論する。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 3件)
Geochimica et Cosmochimica Acta
巻: 202 ページ: 21-38
10.1016/j.gca.2016.12.003