本課題は、他者動作理解能力の一つである表情認知に焦点を当て、その認知機構の解明を目指した研究である。具体的には、「顔の運動システムが他者表情の認知に関与する」という仮説の実証を本課題の到達目標とした。この仮説を実証するために、術前・術後の顎変形症患者と健常者を対象に、表情認知能力を調べる実験を行った。顔の運動システムに異常を有する術前患者は、手術とリハビリによって運動システムが改善した術後患者や健常者に比べて、表情認知能力が劣ると予想した。予想通り、実験データの解析によって、術前の顎変形症患者の表情認知能力が、術後の患者と健常者より劣るという結論を導くことができた。さらに、本課題の研究枠組みから発展した研究を行い、成果を得ることができた。それら発展研究では、「自分の運動システムが他者の運動認知に関与する」という仮説を基に、それを裏付ける実験を行った。具体的には、自分の動作を予測する脳内プロセスを使って、他者の動作の結果を予測していることを明らかにした。さらに、他者の動作を予測することによって、他者の動作から、自分の動作が無意識的な影響を受けることを明らかにした。よって、「自分の顔の運動システムを使って、他者の顔の表情を理解する」という本課題の研究枠組みは、より一般性をもち、脳は「自分の運動システムを使って、他者を理解している」ことが明らかになった。以上のことから、本課題は、当初の到達目標を既に達成し、さらに当初の予想よりも多くの成果を得ることができた。
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