本年度は、道徳的思考とそのバイアスにまつわる知見に基づいて、道徳的諸概念の多元性に関する研究を行った。とりわけ、道徳的責任の概念の多元性と、道徳判断のメカニズムの複合性について、以下の通り検討を行った。 一方で道徳的責任に関しては、決定論との両立可能性について矛盾する判断傾向やバイアス傾向が存在することが、最近の実験哲学や社会心理学の研究によって見いだされている。本年度は、こうした知見が責任概念の多元性を裏打ちするものであるかどうか、またそうした責任概念の多元性が哲学的な自由意志論における責任概念の適用にとってどのような意義を持ちうるかを検討し、その成果を計4件の口頭発表で報告した(国際学会1件、国内学会1件、国内研究会2件)。 他方で道徳判断のメカニズムに関しては、一部の心理学的及び神経科学的研究から、それが二つの相互に競合する過程から構成されているという理論的提案がなされている。本年度は、こうした道徳判断のメカニズムについての理論化がある種の規範倫理学理論の正否にとってどのような意義を持ちうるのか、とりわけ非帰結主義理論に対するいわゆる暴露論証がそうした理論化によって支えられるのかどうかを検討し、その成果を1件の口頭発表で報告した(国内研究会1件)。 また以上の検討に平行して、研究推進を図るため、実験哲学の隆盛を踏まえたメタ哲学に関する公開研究会と、道徳哲学における実験哲学的知見の位置づけに関する公開研究会を開催した。
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