本年度は、自由主義とナショナリズムと帝国主義の複雑な関係性が問い直された1930年代の日英両国のバイロン受容・バイロン言説のありようを検討した。 まず、1930年前後の鶴見祐輔の欧米紀行を取り上げ、そこにおけるバイロン受容のありようを検証した。鶴見は『歐米大陸遊記』においてバイロンの『チャイルド・ハロルドの巡礼』の詩節を引用しているが、その引用の仕方には、彼自身の英雄主義的気分が見て取れる。鶴見は、小国ナショナリズムに共感するバイロンの自由主義への思い入れから、英雄主義への志向を媒ちとして、大国ナショナリズム・帝国主義の主張へと跳躍するということをしており、そこに彼のバイロン熱の本質があった。この点については、2019年7月の日本バイロン協会と東北ロマン主義文学・文化研究会の合同研究会における発表「鶴見祐輔のバイロン熱―『歐米大陸遊記』における『チャイルド・ハロルドの巡礼』受容から見えてくるもの」において詳論し、2020年3月刊行の日本比較文学会の学会誌『比較文学』第62巻に論文「鶴見祐輔のバイロン熱―『歐米大陸遊記』における『チャイルド・ハロルドの巡礼』受容」として発表した。 次に、恐らくはM.アーノルドのバイロン論を共通の源泉とする鶴見と林房雄のバイロン観の相同性に注目し、大英帝国の自由貿易帝国主義への対抗原理としてバイロンの政治的自由主義を評価するバイロン言説が1930年代に顕在化したことの意味を探った。近代日本の帝国的ナショナリズムの問題にそれぞれの仕方でコミットした彼らのバイロン評価は屈折を見せることとなったが、その屈折のありようにそれぞれの思想のかたちが表現されている。この点について、2019年9月の日本比較文学会東京支部例会における発表「昭和前期のバイロニズム―鶴見祐輔と林房雄の場合」において、鶴見のそれに比重を置きながら解釈を施した。
|