本研究は、国際学力調査の流通過程の変化が与える教育政策へのインパクトを国際比較の視点から分析することを目的としている。教育産業が国際アセスメントの成績や分析に関するデータを自由に利用できるようになったことで、教育政策に経済的な価値が生まれ、グローバルな教育政策市場が形成されている。この場には各国の大学や研究所も参加し、国家による「教育の輸出」が始まっている。教育の「売り手」としての国家の参入は倫理的な問題をはらむだけでなく、比較教育学が蓄積してきた方法論および発展過程を問い直す事象でもある。本研究は研究期間を通じて、国際アセスメントを媒介とする、国境を越えた教育政策の売買の実態を明らかにし、新たな研究領域の確立を目指した。 研究の主たる成果は3点ある。まず、林(2016)において、①国際アセスメント(特にOECDのPISA調査)での好成績を背景に、テスト運営のノウハウを売買する国際市場が興っていることを明らかにし、②それらのアクターが顧客としている途上国との間に非対称な関係が生じていることを論じた。次に、Hayashi(2019)において、①国際アセスメントによる好成績を「フィンランド式教育」といった形でブランディングし、国策として「輸出」する政策が動いていることを示し、②関係者への聞き取りによって、その動機が経済的なものであることを明らかにした。さらに、林(2019)においては、リベリアにおける教育省のアウトソーシング政策を事例に、①比較教育学がこれまで「政策移転」の概念で分析してきた事象が「教育の輸出」によって説明不能になっていること、②経済的な動機による政策移転が、輸出先での「土着化」を阻害する構造的課題を持っていることを論じた。林(2016)には日本教育行政学会研究奨励賞が、林(2019)には日本教育学会奨励賞が授与されるなど、研究成果は高く評価されている。
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