研究課題
現在の電子応答デバイスは、ラジオ周波数帯のマイクロ波を基に動作し、その周波数はテラヘルツ(10^12 Hz:THz)程度に留まる。本研究は、より高周波領域の光電界を利用し、半導体や絶縁体内部で生じる超高速の電子応答特性について研究を行っている。光電界により生じる電子分極は、アト秒時間(10^-18 秒:as)で振動する電子運動(双極子振動)を誘起する。本研究では、単一化された660アト秒(10^-18 秒:as)パルスを用いて、窒化ガリウム(GaN)半導体中で生じる860 asの電子振動計測に成功した[H. Mashiko et al., Nature Phys. 5, 741 (2016): Featured on cover]。その動作周波数は1.16 PHzに達し、時間分解分光計測法(ポンプ・プローブ法)において観測された振動現象としては、過去最高の周波数を持つ。この様な半導体電子系が有する超高周波応答は、将来の時間領域における信号処理技術の高速化に応用できる可能性が有り、また半導体の新たな光機能性を実現する上で重要な知見になると考えられる。また、固体電子系の応答現象は未解明な部分も多く、電子の初期挙動を知ることは学術的にも大きな意義を持つ。本研究では、このペタヘルツ級の電子振動が作り出す物理現象(反射・吸収・屈折・光放射・光電流等)を調査する共に、新たな機能性を探索する。同時に、アト秒パルスの更なる短パルス化を図り、より高周波の電子振動計測を実現する。
2: おおむね順調に進展している
昨年度の実験では、660 asのパルス幅を持つ単一アト秒パルスを、192 asにまで短パルス化し、GaN半導体[3.4 eV]よりさらにワイドギャップのアルミナ(α-Al2O3)絶縁体[8.7 eV]に対する過渡吸収分光計測を行なった。光電界により誘起される電子振動の周波数(振動周期)は、物質の持つバンドギャップに強く依存する。結果として、近赤外フェムト秒パルス(パルス幅:7 fs)により誘起されたアルミナ絶縁体の振動周期は381 as(2.6 PHz)にまで達し、時間分解計測により観測された電子ダイナミクスとして最高の周波数記録を更新した。さらに、極端紫外領域(XUV)に達するアト秒パルス[42 eV中心光子エネルギー]により観測された電子振動は、フーリエ変換(FT)により非常に高い遷移エネルギー迄を調査することが可能である。ここでは、アルミナ絶縁体電子系に対して、最大12 eVまでの電子応答特性を評価した。この遷移エネルギーは、半導体のみならず、ほぼ全ての絶縁体のバンドギャップエネルギーをカバーし、固体物質中の高速電子応答特性を広く調査することが可能であることを示唆している。これらの利点から、従来の近赤外パルスを用いたフーリエ変換分光法(FTIR)を進化させた極端紫外フーリエ変換分光法(FTXUV)としても提唱できる。
今後は更なる発展系として、アト秒パルス誘起のペタへルツ周波数を伴う光電流検出実験を行う予定である。過渡吸収や反射分光を基本とした電子振動の計測は、吸収体や反射体としての半導体の機能性を満たしているが、将来的な高速信号処理の応用を考慮するならば、光電流検出は重要なステップとなる。実験サンプルとしては、代表的な半導体素子(Si・GaN等)に電極配線を施し、電流検出を試みる。また、アト秒パルス誘起の光電流検出は、非常に微弱な信号であることが予測されるため、アト秒パルスの3 kHzの高繰り返し化およびnJ級へのハイパワー化を行う。また、ロックイン検出を利用した光電流計測等の検出技術を改善し、これらの問題に対処する。一方で、より高周波の電子振動計測を可能とするために、更なるアト秒パルスの短パルス化(サブ50アト秒)と広帯域化(100eVの光子エネルギー)を目指す。昨年度に導入した高分解光電子分光器を用いたアト秒パルスの計測装置を構築しており、パルス計測を試みる予定である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 10件、 招待講演 8件) 備考 (1件)
レーザー研究
巻: 45 ページ: 217-220
Proceedings International Conference on Ultrafast Phenomena (2016)
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
https://doi.org/10.1364/UP.2016.UW2B.4
Nature physics
巻: 12 ページ: 741-745
doi:10.1038/nphys3711
http://www.ntt.co.jp/news2016/1604e/160411b.html