研究課題/領域番号 |
16H06009
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
橋坂 昌幸 東京工業大学, 理学院, 助教 (80550649)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | メゾスコピック系 / 半導体物性 / 物性実験 |
研究実績の概要 |
本課題「エニオン統計性を有する分数電荷準粒子の2粒子衝突実験」の目的は、分数量子ホール系の素励起である分数電荷準粒子のエニオン統計性を実験的に検証することである。強磁場中の半導体2次元電子系において分数電荷準粒子の衝突実験を実現することで、この目的の達成を目指す。 本研究は、電流相互相関測定法、および局所分数量子ホール系作製法という2つの技術を組み合わせて分数電荷準粒子の衝突実験を行う計画である。平成28年度は、第一に、これらの技術それぞれについて知見を積み上げるための研究を行った。電流相互相関測定におけるデータ取得方法と解析方法の改良に取り組みんだ。また、微小な局所分数量子ホール系に対する非平衡電流注入実験、および1次元量子ホール系エッジ状態におけるスピン電荷分離現象の観測実験で、それぞれ成果をあげた。その結果、2粒子衝突実験で用いる素子の設計、実験環境の調整に有用な知見をえることができた。第二に、エニオン衝突実験で用いる2入力、2出力を有するビームスプリッタを試作し、この試料について予備測定を行った。得られたデータについて、現在解析を進めている。また、この結果を元に、試料設計の最適化に着手している。第三に、衝突実験による量子統計性の検証方法を確立するため、半導体素子中における電子スピン衝突実験に取り組んだ。温度1.5 Kでの予備測定で好感触を得たため、現在10 mK程度の極低温環境における本格的な測定を計画中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、多端子を有する局所分数量子ホール系に電流を注入し、異なる出力間における電流ゆらぎの相互相関を測定する。電流注入時の局所分数量子ホール系の性質を詳細に調べるため、まず入力と出力の2端子を有する局所量子ホール系に対して電流注入実験を行った。電流注入によって平衡状態と異なる分数量子ホール状態が発現することを発見した。これは当初想定していた以上に衝突実験用試料の選択性が高いことを示す、有用な結果である。またこの結果は、局所量子ホール系が非平衡量子多体系の研究にとって重要なサンプルとなることを示しており、量子ホール系研究の新たな方向性を切り開く成果である。 エニオン衝突実験において、量子ホールエッジ状態はビームスプリッタに接続するリード線の役割を担うため、そこでの電子ダイナミクスの理解は重要である。エッジ状態に対する波束注入実験を試み、朝永・ラッティンジャー液体モデルで説明されるスピン電荷分離現象の時間分解測定に成功した。これは当初の計画には含まれていなかったが、本研究の取り組みで予想外の優れた成果が得られた。この結果から、衝突実験の実現にはエッジ状態の朝永・ラッティンジャー液体的性質を考慮した解析が必須であることが分かった。 上記の成果を踏まえ、エニオン衝突実験に用いる試料設計に取り組んだ。試作した素子において、多端子局所分数量子ホール系におけるトンネル準粒子が分数電荷を有すること、複数の端子間で分数電荷を反映した電流ゆらぎ相互相関の測定が可能であることを確認した。最適化された試料を用いて詳細な実験と解析を行うことで、本研究の目的の達成を期待している。 分数電荷準粒子の衝突実験に先立ち、電子スピンの衝突実験にも取り組んでいる。この取り組みを進めることで、エニオン統計性検証実験のための解析手法を確立する。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の取り組みで得られた局所分数量子ホール系に対する知見を元に、引き続き多端子局所分数量子ホール素子の最適化、および測定技術の向上に取り組む。本研究では分数電荷準粒子の量子統計性に関する情報に焦点を当てるため、クーロン相互作用によるエッジ状態の朝永・ラッティンジャー液体的性質など注目しない効果の影響は排除する必要がある。素子構造や実験状況の調整によって量子統計性の情報のみをピックアップすることが可能と見込まれるため、本年度の取り組みで研究目的に適した実験セットアップを確立したい。昨年度に得られた実験データに加えて、この新しい実験の結果に対しても解析を進め、研究目的の達成に努める。 また、衝突実験に対する解析手法を確立させるため、引き続き分数電荷準粒子に先立って電子スピンの衝突実験を推進する。過去に衝突実験のセットアップを用いて電子のフェルミ統計性の検証を行った報告があるが、そこでは電子の持つ電荷のみに着目し、スピンについては注目されていなかった。スピンの向きを制御して同様の実験を行うことで、粒子の不可弁別性を制御した衝突実験が可能であり、固体素子中における電子のフェルミ統計性について完全な検証が可能になる。この取り組みで量子統計性の評価手法を確立させて、本命のエニオン統計性の検証実験の基礎としたい。 昨年度に取り組んだ電流ゆらぎ相互相関測定の高速化に向けた取り組みをさらに推進し、測定系と解析手法の改良を行う。プログラマブル集積回路(FPGA)を用いるなどによって低周波数帯域の電流ゆらぎを高速で解析する技術を完成させるとともに、分数電荷準粒子の時間分解測定を目指して新たな測定技術開発に取り組む。
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