研究課題
本年度は、ディラック電子系磁性体の基本物質であるEuMnBi2を対象に、磁気秩序と強くカップルしたディラック電子伝導の解明を目標に研究を進めた。この結果、反強磁性秩序による二次元的な閉じ込め効果や、それに伴うバルク量子ホール効果の観測に成功し、固体中のスピンによりディラック電子の量子伝導を大幅に制御できることを初めて実証できた。さらに磁場中のランダウ準位に微細構造があることを見出し、層間磁気抵抗効果やネルンスト効果の量子振動現象を利用することで、その微視的起源の解明にも取り組んだ。まず、回転磁場中においてサイクロトロン分裂とゼーマン分裂のサイズ比を変化させた測定から、一部の微細構造の起源が異なるスピン状態の分裂であることを見出し、ディラック電子のスピン偏極状態が実現していることが明らかとなった。またゼーベック係数やネルンスト係数では、電気抵抗率に比べて非常に大きな量子振動が発現することを発見した。この結果、スピンフロップ相においてゼーベック・ネルンスト係数の量子振動の位相差が、グラフェンと同様にpi/4であることが実験的に明らかとなり、磁気秩序により二次元性が非常に強い電子状態が実現していることが熱輸送測定からも実証できた。さらに、上記のような磁気秩序との強いカップリングの基礎物理を明らかにするため、絶縁層の磁気構造の解明も進めた。これに向け、J-PARC BL18(千手)において中性子回折実験を行った結果、まずゼロ磁場中でのMn, Eu副格子の反強磁性秩序構造を解明することに成功した。共鳴x線散乱実験の結果と整合し、Eu副格子では面内は強磁性的、面間は反強磁性的な秩序パターンであり、天然の「スピンバルブ」状態(オフ状態)が形成されていることがわかった。今後は、スピンフロップにより二次元的閉じ込め度合いが上昇する起源解明に向けて、磁場中での回折実験を進める予定である。
1: 当初の計画以上に進展している
ディラック電子系磁性体の母物質EuMnBi2の基礎輸送特性の解明をほぼ予定通り進められた上、量子振動測定や中性子回折実験を駆使することにより、磁気秩序とカップルするディラック電子の微視的状態の一部を明らかにできたため。特に後者は、本系の基礎物理の理解だけでなく、今後の物質設計において大きく貢献する成果と見なせる。また新物質開拓の観点からも、元素置換によりキャリア濃度を制御した系や、自発磁化を持つ系等、多彩なディラック電子系磁性体の合成に成功しつつある。
これまでの研究成果から、母物質EuMnBi2において、磁気秩序とカップルしたディラック電子の新奇な量子伝導特性が明らかとなってきた。しかし、これらの微視的なメカニズムは完全には理解できていない。特に、スピンフロップによる電子状態の二次元的閉じ込めのメカニズムの解明は、さらに幅広い物質設計に向け必須である。そこで、磁場中での単結晶中性子回折実験により、Eu, Mn副格子の反強磁性秩序のパターンを特定することを目指す。磁場中とゼロ磁場中の回折パターンや強度の変化をもとに、シミュレーションなどを利用して、二次元的閉じ込めを実現する磁気構造とその物理を明らかにする。さらに、母物質からの発展系として、ディラック電子のバンドパラメータや磁気構造を変化させた新しいディラック電子系磁性体の開拓を目指す。具体的には以下の二系統の新物質合成を行う。(1) 元素置換を利用したキャリア濃度制御母物質では、フェルミエネルギーがディラック点よりも下方にシフトし、多数の正孔キャリアが存在していた。そこで、元素部分置換により電子ドープを試み、フェルミエネルギーをディラック点に近づけた物質の合成を狙う。これらの物質では、移動度の上昇の加え、より低磁場で量子極限状態が実現すると考えられ、強い電子相関に起因する新しいディラック電子状態や相転移も期待できる。(2) 自発磁化を持つ系の新規合成ゼロ磁場での異常量子伝導の実現を目的に、自発磁化を持つディラック電子系物質を開拓する。まずは、昨年度の予備実験から小さいながらも有限の自発磁化を持つことがわかっている物質を対象に、ゼロ磁場での異常ホール効果や異常ネルンスト効果の測定を行う。磁化曲線との対応や温度依存性から、自発磁化に由来する異常成分とディラック電子状態の関係を明らかにする。さらに自発磁化の巨大化を目指し、Mn以外の遷移金属を有する新物質の合成にも取り組む。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (32件) (うち国際学会 4件、 招待講演 7件) 備考 (1件)
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