近年の細胞温度計測技術の発展により、様々な細胞内局所の温度変化が明らかにされつつある。これらの知見は、「細胞は局所的な熱を発生し、それを有効活用している」という新たな視点を生命科学にもたらしている。しかしながら、この温度上昇は、従来の熱量測定の知見と単純化した熱伝導過程から導かれる理論値より数桁高い「異常な発熱」であることが、世界的な論争となっており、早急な解決が迫られている。そこで本研究は、細胞内局所の熱と温度をつなぐ物理学的基盤の構築を目的に、細胞内における熱伝導・発熱過程を捉え、細胞内局所の温度変化を理論的に推定可能にすることを目指す。
2017年度は主に、イオン流入時の細胞膜特異的な発熱反応の検出を目指し、人工細胞系(脂質2重膜で包まれた細胞サイズのリポソーム)を用いた膜局所の温度計測を行った。リポソーム内外にCa2+濃度勾配を形成し、Ca2+イオノフォアよってCa2+流入を誘発した際の温度変化計測を行った。膜の温度計測は、脂質膜を温度感受性のある蛍光色素で染色し、その蛍光強度の相対変化から温度変化を計測した。これまでのところ、本計測では顕著な温度変化は観測されていない。また、昨年度開発した細胞外から非侵襲に細胞表面の温度を可視化・計測する手法と、従来の細胞内温度計測を組み合わせることで、単一細胞の発熱時に生じる局所的な温度勾配の検出を行った。HeLa細胞にCa2+イオノフォアを作用させることで細胞内Ca2+上昇を誘発したところ、細胞内小器官である小胞体近傍では1℃オーダーの温度上昇が見られたのに対し、細胞膜近傍の温度計測では同程度の細胞の温度上昇は検出されなかった。
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