研究課題/領域番号 |
16H06050
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
加藤 和明 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任講師 (80570069)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ポリロタキサンガラス / シクロデキストリン / 高分子鎖のスライド / 幾何学的拘束 / 分子内相分離 / 延性 / 放射光 / ボソンピーク |
研究実績の概要 |
本研究では特殊な分子内運動性を有するポリロタキサンに着目し、そこから得られるガラス状材料である「ポリロタキサンガラス」に内在する分子運動性から力学物性をまでを制御する、新たな分子設計指針を得ることを大きな目的の一つとしている。そこで初年度は、系統的に分子構造が異なるポリロタキサンを合成し、それらの溶融成型によってえられるポリロタキサンガラスを用いて、そのダイナミクスと応力-伸長特性について調査した。 軸高分子と環状成分の比である包接率は、ガラス転移挙動に強く影響を及ぼし、異なる成分間での幾何学的な拘束に起因することが示された。このように制御された幾何学的な拘束は既存の高分子には存在しないが、今回の結果は、ポリロタキサンガラスでは包接率によって拘束の度合いとそれに伴うガラス転移挙動が制御可能であること示唆している。 また、ポリロタキサンガラスは既存のポリマーガラス並みの弾性率を示すが、4倍程度延伸可能な延性材料であることが分かっている。今回、シンクロトロン放射光を用いたX線構造解析を行うことで、既存の高分子材料にはない強靱化メカニズムが示唆された。具体的には、伸張に伴う応力集中を、軸高分子が環状成分をスライドしながら緩和することで脆性破壊を回避し、配向硬化によるネッキングの伝搬を可能にしている。この研究成果の詳細は論文発表によって公開する予定である。 また、環状成分の置換基を系統的に変化させたポリロタキサンガラスの応力-伸長測定の結果から、この材料のガラス転移温度は材料の主成分である環状成分間の相互作用によって支配されているものの、延性か脆性かを決定するのは分子間相互作用以外の要因が大きいことが示唆された。さらに、中性子散乱の結果から、ガラス転移よりかなり低温から存在する大きな分子運動が観測された。さらに系統的な実験を行うことで、強靱化のための分子設計指針が得られものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、ポリロタキサンガラスの軸高分子と環状成分の比である包接率を変化させ、そのダイナミクスについて系統的に調査した。その結果、包接率が上昇するにつれてガラス転移温度が劇的に上昇するとともに、ガラス転移温度付近で二段階の粘弾性緩和を示すことが明らかになった。一方、示差走査熱量測定からは、包接率に関わらず、低温側の粘弾性緩和に相当する温度にガラス転移様のシグナルを示した。これらの実験結果から、低温側の緩和は環状成分間の分子間相互作用の解離に伴う一般的なガラス転移、高温側の緩和は軸高分子の幾何学的拘束の解放に伴う緩和と考えることができ、ポリロタキサンガラスでは包接率を制御することガラス転移を制御できることを示唆している。 また、ポリロタキサンガラスは1 GPa程度の弾性率を示すが、降伏を示して数倍程度延伸可能な延性材料であることが分かっている。そこで、延伸下での構造変化について、放射光を用いたin-situでのX線構造解析を行った。その結果、降伏後は伸長方向に逆行して環状成分間が狭くなっている様子が観測され、高分子がスライドして応力集中を回避していることが示唆された。 また、ポリロタキサンガラスは環状成分の置換基を系統的に変化させた誘導体を合成し、その伸張特性について調査した。その結果、側鎖が長くなることで環状成分間の分子間力が弱まりガラス転移温度が低下するが、この傾向とは無関係に延性を示す材料と脆性を示す材料に分かれた。 さらに、ポリロタキサンガラスおよびその環状成分のみから成るガラスの中性子散乱より、ボソンピークとガラス転移温度よりもかなり低温での準弾性散乱を観測した。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の研究で、ポリロタキサンガラスは伸長によって分子内相分離を起こすことで強靱化して延性を示すことが明らかとなったが、一方で環状成分の側鎖によっては脆性破壊をするもの確認された。これらの結果は、ポリロタキサン特有の伸張誘起分子内相分離が機能しなくなっていることを示唆している。そこで今年度は、これまでに得られた延性および脆性を示す一連のポリロタキサンガラスを用いて、放射光X線による構造解析や電子顕微鏡観察により、まずは分子構造と高次構造との相関を明らかにする。また電子顕微鏡観察では、環状成分の選択的な染色を行い高解像度の透過型電子顕微鏡を用いることで、伸張前サンプル内の環状成分の分散状態や降伏後サンプルのフィブリル内での分子内相分離の様子を観察する。同時に、これら一連のポリロタキサンガラスの粘弾性と誘電緩和測定を測定し、ガラス転移挙動や副分散挙動に与える環状成分の分子構造の効果を明らかにする。さらに、ポリロタキサンガラスには既存のポリマーにはない分子運動があることから、ガラス状態における自由体積にも特異性があると考えられる。そこで、陽電子消滅寿命測定法を用いて、これら一連のガラスの自由体積を測定する。これらの研究結果をまとめることで、ポリロタキサンガラスの分子構造から構造と力学物性までを体系的に理解できるようになると考えられる。 また、昨年度J-PARCで測定した中性子散乱の結果について、詳細な解析を行う。ポリロタキサンガラスには明確なボソンピークが観測されたが、ガラス転移温度よりも十分低温であるにも関わらず、顕著な準弾性散乱が観測された。これはガラス状態における分子運動を反映しているものと考えられるため、得られた温度依存性や角度依存性の詳細を解析することで、ポリロタキサンガラスの副分散の起源となる分子運動の詳細が明らかになるものと考えられる。
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