水素によって材料強度が劣化する水素脆化の研究はその重要性から継続的に行われてきたが,低炭素社会を目指した水素利用社会の構築に関連して最近さらに社会的重要度が増している.本研究では脆化機構発現の前駆反応である転位の運動に着目して,脆化メカニズムの高精度な予測を目指した水素脆化素過程モデルを構築することと,水素脆化素過程モデルに基づく脆化メカニズムに立脚した破壊プロセスの解明と評価を目的としている. 最終年度は,これまでに原子シミュレーションによって得られた水素濃度に依存した転位の運動速度と負荷応力の関係をもとに転位動力学解析を実施した.水素濃度が極端に低い場合には転位射出が助長され,延性的傾向が強まることがわかり,水素濃度が上昇すると脆性的傾向が強まることも示された.これらの解析結果と比較するため高純度鉄を用いた低ひずみ速度試験を行ったところ,水素濃度が極端に低い場合にはき裂進展に伴うひずみ集中領域がき裂進展経路近傍に局所化するものの破面は延性的なディンプル状となった.水素濃度が低い場合にもき裂進展に伴うひずみ集中領域はき裂近傍に局所化しているが,ファセット状の非常に脆性的な破面を呈した.このことは解析結果とも定性的には一致しており,破壊の前駆反応としての塑性変形の傾向は転位の運動のみから推測される傾向と一致していた.一方でマクロにはひずみ(塑性変形)の局在化が生じていることが確認され,転位運動のみでなく異種原子や他の格子欠陥との相互作用などの果たす役割も小さくないことが示唆された.水素濃度と塑性変形能の関係については,Fe-4wt%Si単結晶材を用いたナノインデンテーション試験でも同様の傾向が確認された.
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